#1.クエルナバカの紹介

    カテドラル(大聖堂)の屋上からクエルナバカの展望 (10 Pesoで大聖堂の塔へ昇れる)

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 クエルナバカはモレーロス州の州都で、メキシコの中央高原に位置します。
もともとは、「森の入口」という意味のクアウナワクという名前がありました。
それが、クエルナバカと呼ばれるようになった経緯については、いろいろと説
があるのですが、最も一般的なのは、征服者エルナン・コルテスが入ってきた
ときに、スペイン人には発音しにくいので、発音しやすいクエルナバカ(角、
牛というスペイン語)となったというものです。
 コルテスは、クエルナバカのあるモレーロス州に来てこの地が気に入り、ス ペインのカルロス5世に、この地を彼の領地にするように依頼する手紙を出し ました。カルロス5世は、モレーロス州がこんなに美しい土地とはつゆ知らず、 許可を出してしまってから後悔したそうです。
後述するアシエンダ・デ・コルテスの歴史は、1519年に、コルテスが、 メキシコに上陸し、征服したのち、この気候の良さに惹かれてここに荘園を建 設するよう命じた時まで遡ります。コルテスの死後、息子のマルティン・コル テスがこの建物を相続し、生産性の高いさとうきび農園を建設しました。荘園 を中心に、美しい水道橋や庭が散在し、貴族たちやその家族が集まり、文字通 りエデンの園のごとき、華やかな街として隆盛を誇ったのです。
その後、内乱や海外からの侵略よる長い荒廃の時期を経て、様々な人の手に わたりましたが、1973年にマリオ・ゴンザレスという学者がこの土地を手 に入れ、この歴史的な建物の保存に苦心し、今に残すことに成功したのです。
 コルテスは、この地に、アステカの皇帝モクテズマから貢ぎ物として送られ た通訳の娘マリンチェを囲い、戦いの合間のやすらぎの時を過ごしました。
 19世紀にフランスからナポレオンIII世によって送られた皇帝マキシミリア ーノは、インディヘナの娘、インディア・ボニータと恋をし、激しい気性の妻 カルロータの目を盗んで、クエルナバカのアカパンシンゴ地区に妾宅を構えま した。これは、現在、薬草植物園として、一般に公開されています。
このように、クエルナバカは、当時からロマンの香りあふれる田園都市であ り、現在は、空気汚染や多発する犯罪から逃げ出して来るメキシコ市民の別荘 地です。1985年に起きたメキシコ大地震の時に、多くの人がメキシコ市か ら流入してきて急に人口が増えたと言われていますが、それでもまだ緑の多い、 やすらぎの土地であります。 クエルナバカの紹介は、次回に続きます。


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