現地の人は、クエルナバカを峡谷の町と呼ぶことがあります。クエルナバカ
を訪れたことがある人には、この名前は腑に落ちないかもしれませんし、峡谷
に全然気が付かない人も多いと思います。
しかし、車で街を走ると、家と家の隙間からその後に遠大な空間が浮かんで
いるのを見ることがあります。つまり家のすぐ後は崖なのです。クエルナバカ
では、真っすぐな道は、大きな峡谷に沿ってほぼ南北に走り、その他の道は、
峡谷に架けられた橋やトンネルにうまく繋がるよう曲がりくねって作られてい
ます。そして、坂が多く、ほとんど平地がないので、自転車には向かない地形
でもあります。また、スペイン植民地時代に建築された石造りの橋やトンネル
も美しいまま残っています。
モレーロス州の峡谷は、そもそも、4万年以上も前にこの地方を襲ってアフ
スコ山系を形成した地殻変動に起因しています。その後、長い年月を経て、降
り注ぐ雨が砂地や火山灰を削り、クエルナバカをほぼ南北に走る深い峡谷を作
り上げたのです。主要なアマナルコ、アチンゴ、そして、アナルコのみっつの
峡谷とその他の小さな谷が、クエルナバカの世界有数の気候の良さや、美しい
自然を決定する大きな要素となっているのです。峡谷の底には川が流れ、たく
さんの泉が湧き出て、クエルナバカの水源ともなっています。
現在のお年寄りたちが子供の頃には、峡谷の深みにまで降り、雨で磨かれた
大きな岩のごろごろする場所を探険したり、学校をさぼって、峡谷を流れる冷
たい川で泳いだりしたそうです。
市が大きくなり人口も増えるにつれて、峡谷にはゴミがたまり、排水が流れ
だすようになりました。ゴミを防ぐために橋の欄干を高くしたり、臭い隠しの
蓋をするようになると、一般市民にも忘れられるようになったのです。
現在は、美しい峡谷を取り戻す努力がされ、遊歩道が整備されて、再び市民
の憩いの場になるところもあり、また蓋をされてその上を道路が走り、二度と
市民の目に触れないものもあります。
最も美しく回復したアマナルコの峡谷の途中にあるサン・アントンの滝は、
都会の真ん中にあるとは思えない見事さで、深さ30メートル以上あると言わ
れています。投身自殺などの悲しい出来事や事件も多いそうですが、普段は観
光客や、涼を求める人々が散策して、水しぶきに歓声をあげ、滝の入り口付近
には、花屋や陶器屋、食物屋が並んでにぎやかです。
話は変わりますが、先日、アミーゴス・デ・ラ・ムジカの使い走りで、クエ
ルナバカ在住の画家、ヒメネス・カッチョさんの家に伺った時の事です。美し
く手入れされた庭を誉める私達を、彼女は、「そんな庭よりこっちをご覧なさ
い」と、居間に通してくれました。居間はオープンでテラスへ通じていました
が、そこに立って唖然としました。テラスは、欝蒼と茂った深い峡谷を見下ろ
すのに絶好に位置にあり、遥か遠くに見える向かい側の家々の庭まで、何一つ
遮るものがない緑の森なのです。都市にいることも忘れる雄大な自然を茫然と
眺めたのでした。
カッチョさんの家は、時にはファミリー・コンサートなども開かれるという
大邸宅ですが、実は、人口が密集する地域の小さな家々の後にも、住んでいる
人しか見えない大小の峡谷が潜んでいて、クエルナバカの途切れることのない
自然の源になっているのです。
クエルナバカの紹介は、次回に続きます。