「クエルナバカの碧い空」
-呑気家族のメキシコ移住計画-
出版:近代文芸社
石田 かり・著
第27章 「仕事をしよう」
−−アミーゴ・デ・ラ・ムジカの会長は、セニョーラ・シゲコ・ワトソンで、 元註墨アメリカ大使夫人であり、しかもなぜか日本女性なのだ。彼女が一人で 会を切り盛りしていて、とても忙しいと聞き、手伝いを申し出た。つまり、早 速の就職活動で、自分を売り込んで押し掛け助手になった。−−                          以上、抜粋でした。 会の10周年記念フェスティバルが近付いてくると、つい最近まで単なるメッ センジャー兼運転手だった私達も、いろいろ活躍せざるを得なくなってきた。 会長のワトソン夫人は、コンサート会場の手配から、ポスターの作成、初日の ガラ・コンサートの後の晩餐会の食事の支度まで、全てを引受けてフル回転だ。 その点、私達の出番も多く、印刷屋との連絡係になったり、晩餐会のメニュー を印刷したり、果ては買物の手伝いまで、徐々に大役を果たすようになった。 何せ、ワトソン夫人も私達も日本人だから、メキシコ人の最大の欠陥、時間に ルーズという特質は、許しがたいけれど、いかんともしがたく、結局、人を待 たず自分たちでやってしまうハメになるのだ。 しかし、手伝って形に現われるのは嬉しいものだ。最大の業績は、広告取りの 使命を受けて、何社か企業に連絡した結果、タイヤ・メーカーのブリジストン・ ファイアストン社から広告の依頼を受けることができたことだ。ブリジストン 社は丁度40周年を迎えており、その美しいポスターが、私達のコンサートの プログラムの裏表紙を飾ることになった。そして、これは、今回の寄付集めと しては最大の収入となった。ブリジストン社の山本さま他、ご協力に感謝。 個人的に満足だったのは、プログラム中、作曲家のプロフィールを書く人がい ないとの事で、急遽、私めが、サン・サーンス、ハイドン、ドヴォルジャーク、 モーツアルト、ベートーベンのプロフィールを作成したことだ。クエルナバカ 在住のバイオリニストの浮池美子さんから日本語の音楽辞典を借り、何ページ にもわたる作曲家の説明を要約し、スペイン語に訳したのだ。音楽は好きでも 無知な私には分不相応の仕事だったけれど、チェックしてくれたメキシコ人も 誉めてくれ、嬉しいスペイン語初仕事となった。出来上がったプログラムを手 に取って、印刷された自分の文章を読むのは嬉しいもので、一応自称著述業の 私としては、まずまずの出来だったと自己満足して、何度も読み返している。 浮池美子さんは、急用で一時日本へ帰国することになり、今回のコンサートも 聞くことができなかったけれど、親切に、私に音楽辞典を預けてくれた。浮池 美子さんに感謝。 プログラムは、印刷屋さんが徹夜の作業をして、初日27日のガラ・コンサー トの直前に刷り上がった。表紙は、メキシコ在住の画家、ジョイ・ラヴィジェ さんの絵です。ここから、全てが手作りのフェスティバルが始まった。
10周年記念コンサート・プログラム・表紙

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