
今回は、アミーゴス・デ・ラ・ムジカの10周年記念のコンサートに関連して、 その裏話で一席。 会長のワトソン夫人は、元外交官夫人として、各国で来賓を接待してきた実績 があります。同時に、つい数年前までメキシコ市でバレーを教えていたことも あり、若い頃、インド駐在中には、現在の皇后であり、当時の美智子妃殿下の 前でインド舞踊を披露したこともあるそうです。 好きこそものの上手なれとは言うものの、ワトソン夫人の上手さ加減は普通で はありません。まず、音楽家達がメキシコに到着した翌日、26日の夜に、ア メリカからやってくる音楽家たちに敬意を表して、ワトソン夫人宅で、THANKS GIVING DINNER(感謝祭の晩餐)を催すことになりました。その翌日が、コン サート初日で、しかもコンサート後には、モレーロス州の要人を招待しての晩 餐会もありますから、準備が大変です。 何が大変といって、ワトソン夫人は、外交官夫人として多くの客人をもてなし てきた経験を活かし、すべての料理を自分で作るというのです。コンサートの すべての準備を一人でしている彼女に、そんな時間があるとは信じられないこ とですが、そういうからには、お手伝いしない訳には行きません。料理嫌いの 私には、料理を手伝うことはできませんから、買物(これも好きではありませ んが・・・)のお供をしました。感謝祭の夜の食物である七面鳥の丸ごとと、 パテをつくる魚、注文してあった仔牛肉、チーズなどすごい買物です。 都合により、初日のガラ・コンサートの会場が、サラ・バラライカからホテル アシエンダ・デ・コルテスに変更になったのが一週間前で、その打ち合せや、 ピアノの移動やら、招待状の印刷や発送、プログラムの作成と印刷など、あち こちに飛び回っているはずのワトソン夫人ですが、感謝祭ディナーの当日には、 銀の大皿に七面鳥が美しく切り分けられていただけでなく、ポテト・グラタン、 ワカモレ・ソース、牛タンの薄切り、サラダなど、大きなダイニング・テーブ ルにたくさんの料理が並んだのです。いつ料理をしたのか、今だに不思議です。 その上、メキシコにバイオリン・アカデミーを持ち、トラヤカパンのバイオリ ンの家(カサ・デ・バイオリン)に住む黒沼ユリ子さんが、ストゥードルとい う手作りのケーキを持ってきたのですから、若い音楽家たちだけでなく、招待 されたお客さん達は、みな食事に群がりおいしいひとときを過ごしました。こ の夕食会は、遠路はるばるやってきた音楽家達を、アミーゴス・デ・ラ・ムジ カの運営を手伝う人たちが、歓迎の意味を込めて招待したもので、ひとまず満 腹すると、あちこちに音楽家を囲む輪ができ、楽しいおしゃべりの時でした。 音楽家たちは、ベラクルス生まれのピアニストのエディスと、小さい頃から北 米で育ったラウラを除くと、東欧やロシアからの移住者で、あまり英語も得意 ではなさそうで、私達のように英語を忘れかけている者にとっても、話しやす い人たちでした。現在大学生のラウラは、高校生の時に習ったスペイン語を話 しに、私達のところへやってきました。「他のメンバーは、みんな音楽の話ば かりで、つまんない・・・」と、アメリカにいる彼氏の事や、ショッピングの 予定など話してくれました。 翌日の、ガラ・コンサートの後の晩餐会はこうはゆきません。なにせ、ボデー・ ガードに囲まれて到着した現州知事を始め、前々知事、現市長など、粗相があ ってはならない人たちがたくさん集まります。その晩餐会は、アシエンダ・デ・ コルテスの半分外のような石作りのドームの中で行なわれました。 10人用の重要人物のためのテーブルが3つ、その他大勢用の8人掛けテーブル が7つ。テーブル・クロスも、椅子のカバーも、ウエイターのユニフォームも、 メキシコ式に白と青に統一され、テーブルの中央には鉄のランタンの中でろう そくの火が揺れます。例によって、来ると言って来ない人がいる代わりに、招 待されていないのに来て、ちゃっかり席についてしまった人もいて、丁度用意 された席は満席となり、晩餐会は夜の10時に始まりました。 食事が始まると、今さっき聞いた音楽の賛辞が、料理への賛辞に代わりました。 ワトソン夫人の友人で、フランスにワイナリーを持っているマダム・ポストリ が、メキシコで賞を取ったという極上の赤ワインを、この日のために寄付して くれました。幸運な私達は、このワインを飲み、ロクサーナと彼女の恋人のカ ルロス、ピアニストのエディスや、会員のヨランダおばさん、ジュニア・オー ケストラの指揮者で、面白い話が満載のセニョール・カンポなど、気楽な仲間 とのおしゃべりを楽しみました。 だんだん、酔いも回ってくると、偉いサンもそうでない人も交じり合いました。 前々州知事の奥様が、日本人ぽいお顔なので、伺うと中国出身だそうですが、 日本に行ったこともあり、宮中の晩餐会にも出席したことがあるそうです。彼 女は、海岸の小さな街を訪問したときのことを覚えているのに、名前が出てこ ず、私が列挙した名前にはなくて、そのまま別れたのですが、しばらくして、 「思い出したわ。熱海よ、熱海!」と、知らせに来てくれたのには、驚きまし た。音楽家たちも、一見偉いサンも、会うと頬にキスし合い、音楽の感動を伝 え合うのですから、始まる前の緊張もすっかり弛みっぱなしです。 夫が、エディスを始め、音楽家たちのサインをプログラムにしてもらったのは、 ちょっと日本的過ぎて、嬉し恥ずかしでしたが、まあ許しましょう。とにかく、 楽しく、おいしく、感動の日々です。今日30日のコンサートの後には、ロク サーナの家で、カクテル・パーティがあるそうで、楽しみです。その様子につ いては、また次回のお楽しみ。