
カテドラルの鐘楼

メキシコでは、どの市にも教会がいくつもありますが、その中で、セントロ(中 心街)にあるひときわ大きく、立派な教会がカテドラル(大聖堂)です。 クリスマス・コンサートの開かれたテルセル・オルデン教会は、クエルナバカの カテドラルの敷地内にあります。教会の敷地が広いのは、16世紀に建てられた メキシコの教会建築の特徴で、当時のヨーロッパの教会では見られないことだそ うです。元々、カテドラルの敷地は、現在のセントロ一帯に広がっていたのが、 人口の増加にともなって、ブラディ博物館をはじめ、学校、公園、商店街に姿を 変えました。それでもまだ、充分に広く、敷地内に、テルセル・オルデン教会、 ドローレス教会、カルメン教会の他に、管理事務所、駐車場などがあり、更に、 カテドラルの本体も、元々アスンシオンという名の教会と鐘つき塔、修道院の建 物や、野外礼拝堂によって構成され、それを、タバチンなどの大木が四季折々に 花が咲くゆったりとした広場が囲んでいて、市民のやすらぎの場になっています。 1519年にエルナン・コルテス率いるスペイン軍が、アステカ帝国を征服して 間もない1524年5月13日に、聖フランシスコ修道会の12人の修道僧が、 布教伝道の使命によりベラクルスに到着し、そのうちの10人の修道僧がクエル ナバカを訪れ布教活動を始めました。 まず、修道院の建設が1525年に始まり、1529年1月2日に完成しました。 エルナン・コルテスの妻で、貴族出身で、我が侭で口喧しいフアナ・デ・スニガ・ ラミレズ・デ・アレジャノは、息子の一人が亡くなったときに、この修道院に埋 葬することを望み、その内装を急がせました。 修道院が完成すると、付属する教会の建設にかかりました。コルテスの妻の要求 により、この教会の設計は、コルテス宮殿を設計したスペイン人建築士であるフ ランシスコ・ベセラが担当し、1552年に完成しました。しかし、元来、メキ シコの先住民は、宗教心が深く、装飾などに優れた芸術的なセンスを持っていた ので、この建築にも多くの原住民が係わり、スペイン・メキシコ折衷の独特の教 会となっています。 例えば、メキシコ国最古の時計と信じられている、教会の塔の時計は、スペイン のセゴビアのカテドラルにあったものを、カルロス5世がコルテスに贈ったもの と言われ(この時計は、現在コルテス宮殿内の博物館に展示されている)、当時 のヨーロッパの最新の技術だったでしょう。反して、教会横の入り口の上には、 石彫の髑髏(ドクロ)マークがついています。これは、キリストが死をも克服し たというシンボルであるらしいのですが、メキシコ人は、何かに付け、ドクロが 好きなので、メキシコならではの飾りではないでしょうか。メキシコの銀山の街、 タスコ市のカテドラルには、世界で唯一、妊娠中のマリア様の絵があるし、メキ シコの教会は、なかなかにユニークです。
教会の入り口にドクロが見えます

しかし、教会自体は要塞のような作りになっており、また、噂話では、先住民の 襲撃など、いざと言う時の為に、コルテス宮殿や、カテドラル、その他のスペイ ン人の建物を結ぶ地下道を、クエルナバカの地下に、縦横にはり巡らし、今もこ の地下道は残っていると言われていて、先住民の協力を得て建てたといっても、 多くの抵抗や犠牲やがあったことは、想像に難くありません。 また、特筆すべきは、壁を清掃していたときに、偶然に、上塗りされた石灰の層 の下から発見された、長さ60メートル、高さ8メートルに亘る壁画です。18 世紀の前半に、スペイン人の名匠の指示により、日本人の専門家も協力して、原 住民の手により描かれたそうで、長崎に向けて丸木舟で航海する宣教師たちや、 5人の聖フランシスコ修道会の宣教師と、20人の日本人の改宗者が、1597 年2月5日に、長崎で磔(はりつけ)の刑に処された場面などが、オレンジ色、 黄色、茶色の素朴な色調で描かれています。これは、殉教者の一人であるメキシ コ人の修道師フェリペ・デ・ヘススが、1625年に列福(聖人の位に昇ること) されたことを記念して描かれたものと考えられています。TAYCOSAMA(太閤秀吉の こと)などの字も残っており、日本人には、興味深い壁画です。
処刑の場面 太閤さまが処刑を命じたと書かれている

話は代わりますが、1997年5月2日、日本人のメキシコ移住100周年を記 念して招かれた、藤沢ジュニア・オーケストラの子供たちが、このカテドラルの 野外礼拝堂でコンサートを開いた時のことを、今もよく思い出します。また、そ の直後の5月15日には、メキシコを訪れた秋篠の宮様と紀子様が、急遽クエル ナバカにお立ち寄りになり、紀子さまの笑顔を間近に見られたのも、嬉しい役得 でした。というのも、カテドラル側が、お二人を、パイプ・オルガンによる日本 の曲の演奏でお迎えしたいというので、楽譜を捜して届けたのが、誰あろうアミ ーゴス・デ・ラ・ムジカの「使い走り」をやっていた私だったのです。 非常にメキシコ的なことに、毎週日曜日に、この礼拝堂でマリアッチ・ミサが開 かれますが、この時には、観光客もメキシコ人の信者たちも、礼拝堂につめかけ、 満員電車のごとき混雑になります。また、カテドラルの敷地への入り口付近には、 地方からきた女性たちが、民芸品をその場で作りながら、売っています。民族衣 装(彼女たちの普段着)を着て、織物や刺繍などを並べて売っている図は、とて も美しいのですが、写真を忌み嫌う場合も多いので、撮影の前に許可を得ること、 また断られたら諦めることが肝心です。 また、カテドラルの鐘のある塔は、観光客に開放されていて、10ペソで上れま す。祭壇があるところの屋根の上を歩いて、クエルナバカの街を眺められるので ちょっと不謹慎な気持ちもします。(2時から4時までの休憩時間と、滑りやす い雨の日、夕方暗くなってからは上れません。)
カテドラル(大聖堂)の屋上からクエルナバカの展望 (10 Pesoで大聖堂の塔へ上れる)
