「テオパンソルコ」とは、ナウアトル後で「古い神殿の中に」という意味です。
この地域特有の玄武岩の上に建てられた合計14の基石などの遺蹟のうちでも、
もっとも重要な建築物がこの二重構造になった神殿で、アステカ時代、13世紀
の半ばにこの地域に定着したトラウイカ族によって作られました。
1427年の民族戦争で、メヒカ族に敗れたトラウイカ族は、メヒカ族の命令の
まま、貢ぎ物や労働などの使役を強制されていました。テオパンソルコの神殿だ
けでなく、メキシコ市内の遺蹟「テンプロ・マヨル」などの建築でも働かされた
ため、これらの遺蹟の様式は互いに類似しています。ついでですが、この「テン
プロ・マヨル」は15年ほどまえに発掘が完了したばかりの遺蹟で、アステカ帝
国の中央神殿であり、必見です。メキシコ市のセントロのカテドラルのすぐ裏手
ですから、メキシコ市を訪れたら、どうぞ見学してください。
「テンプロ・マヨル」同様、テオパンソルコのピラミデも、生い茂った植物に覆
われて地下に埋もれていました。地域の人は、これを「EL MOGOTE」(一般にはあ
まり使われないが、丘状またはピラミッド状の地形を意味する)という名前で呼
んでいました。
この遺蹟は、存在自体は、1910年にメキシコ考古学者には知られていました
が、国内の政治が不安定で特に、モレーロス州では革命児エミリアノ・サパタが
農民闘争を起こし、革命運動が始まるのですから、遺蹟どころではありません。
しかし、何が幸いするかわかりません。
1912年、メキシコ革命の最中、遺蹟の上に置かれた大砲が炸裂するたびに起
こる震動によって丘が崩れ、下からピラミデの基石の壁が現れたのです。
革命後の本格的な発掘によって、52年ごとに「ほこら」を上へ上へと重ね置く
という構造など、スペイン侵略以前の建築様式がわかりました。これら14の遺
跡群の中で最も重要なのが、二重構造の「儀式の神殿」です。
「儀式の神殿」は、外側の内側のふたつのピラミデから成っています。外側のピ
ラミデの西側にはふたつの石段が設けられ、内側のピラミデとは深い堀で分けら
れています。内側のピラミデは、より高く、より古く、上部には「ほこら」が設
けられ、小さなふたつの階段と鞍部が作られおり、壁には、等間隔をおいて、小
さなコヨーテの頭がはめこまれています。現在は、コヨーテの頭は崩れてしまい、
その跡が残っているだけで、あまりはっきりとはわかりません。
内側のピラミデの上部には、ふたつの長方形の部屋の跡をみることができます。
この南側の壁は、「戦の神」ウイチロポチトリに捧げられ、北側の壁は「水の神」
トラロックに捧げられています。
ふたつのピラミデの高さの差などは、アステカのカレンダーの法則に従っている
ものと考えられており、3月21日の春分の日には、より強いエネルギーを得る
ため多くの人々がピラミデの上に立ち、太陽に向って祈ります。
また、神殿の北東には、「風の神」エカトルに捧げらといわれる円形遺蹟があり
ます。また、西側の遺蹟からは、92人の男女、子供の人骨と陶器の破片が見つ
かっており、首を斬ったり、体をバラバラにするなど、生け贄の儀式があったこ
とを想像させています。また、金星(惑星ヴィーナス)の観測にも関係があると
も言われています。
遺蹟は、COL. VISTA HERMOSA の CALLE RIO BALSAS と AV.TEOPANZOLCOのふたつ
の通りに挟まれて位置し、午前9時半から午後5時半まで見学できます。休館日
なし。入場料は17ペソ、日曜は無料です。ちょっと17ペソは高いので、日曜
日に訪れましょう。