#4 トピックス − アステカ・カレンダリオの謎

メキシコの街を歩けば、丸くて真ん中に人の顔があって、舌をべろりと出してい
る図に出会います。この図が、カレンダリオ・アステカ、または、「太陽の石」
と呼ばれているカレンダーです。美しく彩色されて、民芸品の置物、壁掛、ペン
ダントなどのアクセサリーから、ワールド・サッカーのメキシコ代表チームのユ
ニフォームにも採用されて、メキシコ人の大のお気にいりの図柄です。

我が家の壁掛になっているカレンダリオは、テオティワカンのピラミッドのお土
産物屋に売っていたもので、この店にしかない火山灰を固めて作ったものです。
これは、直径約40センチで、大小様々売っています。彩色が美しく、頑丈なの
で、お土産にオススメです。カレンダーの説明書(日本語も有り)もくれます。
これがそのお土産屋で買ったアステカ・カレンダー

(クリックで拡大)
このアステカのカレンダーは、現在、メキシコ市のメキシコ国立人類学博物館の
一階の奥、メシカ室の正面に展示されています。本物の直径は3.58メートル。
重さ約24.5トンという一枚石の巨大さが、まず見る人を圧倒します。民芸品
とは異なり、ほとんど岩の色ですが、元々は、模様として翡翠などの貴石をはめ
込んだり、彩色されていたと言われています。

1790年8月、メキシコ市のソカロ(当時のプラザ・マヨル)の改修工事作業中、
南東の角に埋まっているカレンダーが、偶然に発見されました。これはアナウア
ク族の祭儀場だったと考えられています。当時のスペイン総督がこれをカテドラ
ルの塔の西側の壁に保存しましました。1885年、大統領ポルフィリオ・ディアス
が、これを人類物博物館に移送することを命じて、現在に至っています。

私が知りたかったのは、どのような使い方をするのか、祭事に使うにしても、ど
の時に、何をするのか調べたかったのですが、発見当時から、暦の読み方に様々
な解釈がなされ、未だに確固たる答えがでていません。私がスペイン語学校で受
けた授業でも、先生によって随分言うことが違っています。

カレンダーはいくつかの円周にわかれていますが、それが6周という人もいれば、
7周という人もいます。また、日にちは20日で、それぞれ名前がついているの
ですが、アステカは13の数がキーであるので、20X13で一年が260日で
あるというもの、あるいは20X18で360日と5日間の休みの日というもの
など、また、ふたつの異なるカレンダーがあるという人など、色々です。という
のも、カレンダーには日にちは書かれていても、月を示していないのです。

また、以前、授業で、ケツァルコアトルという神が酔っ払って、追い払われた時
に、「ある CANA カーニャの年に戻ってきて、復讐する」と誓い、スペイン人が
侵略してきた年が丁度このカーニャの年に当たっていたため、原住民たちは、ス
ペイン人を神と思って恐れたという話を聞いたのですが、今回の先生は、スペイ
ン人侵略とカレンダーは全く無関係というのです。

現時点では、テンプロ・マヨル博物館の館長であるエドゥアルド・マトス・モク
テズマ氏が、1992年に書き著した「太陽の石」と題する本が、一番信頼できる解
釈であると言われています。そのうちに、読んで見たい一冊です。

カレンダーは1479年13カーニャの年は、カレンダーの最上部四角の中のカーニ
ャ(砂糖黍)と13の点によって表わされており、これまでに起こった4つの大
きな天変地異と、それによって滅びた4つの太陽または神が示されています。カ
レンダーの真ん中で舌を出しているのが1480年に生まれた新たな第5の太陽、ト
ナチウです。

トナチウは口を開け、舌を出しています。この舌を「犠牲者の剣」と呼びます。
即ち、人間の血を欲しているのです。つまり、太陽に捧げる生け贄なので、その
行事は真っ昼間に行なわれます。歴史の先生によると、夜の間、口を閉じている
トナチウの顔を表したカレンダーもあるそうです。

また、「太陽の石」に対する「月の石」も完全な形ではないものの、発掘されて
保存されているそうです。カレンダーと言えば、マヤのカレンダーも有名で、こ
ちらの方が実用的で、現在でも活用することができるともいわれています。

いずれにしても、この「太陽の石」とよばれるアステカのカレンダーは、ひと月
を20日とし、これら20日のそれぞれの日と、五つの方角(東西南北と中央)、
また4つの季節(春分、秋分、夏至、冬至)などを正確に表し、それによって、
農作業をし、儀式を執り行っていました。

クエルナバカから50キロほどにあるソチカルコのピラミッドの遺蹟では、毎年
6月21日の夏至の日に、天井の穴を太陽の光が真っ直線に通過する一瞬が観測
できる部屋があって、それを体験するツアーも組まれています。今年は、見逃し
たので、来年はツアーに参加して、その様子をお伝えしたいと思います。

スペイン人がメキシコを征服した当時も、神に犠牲を捧げる儀式は続けられてい
ましたが、スペイン人がそれを気味悪く思っても、止めることはできませんでし
た。それは、スペイン人も神を恐れていたからでしょう。ソチカルコの遺蹟には、
野外球技場の跡があり、ここで行なわれる球技の勝者のうちもっとも強い者が生
け贄になったそうです。この生け贄は、メキシコお得意の薬草(麻薬?)によっ
て陶然となり、喜んで心臓を捧げたと言います。

今回の調査、ちょっと中途半端に終わりました。そして、分かったことは、たっ
たひとつ。誰にも真相は分からないということです。でも、もうちょっと、しつ
こく調べてみようと考えていますので、いつの日かご報告できることを期待して
います。それに、マヤのカレンダーも面白そう・・・。

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#2 メキシコの住宅事情
#3 警官への賄賂
#4 音楽友の会 10周年コンサート裏話
#5 ノーチェ ブエナ物語
#5 クリスマス行事
#6 年末年始の休みとグアダラハラ家族旅行
#6 トレス レイエス
#7 ビザの種類と更新
#8 モナルカ蝶の聖域ツアー
#9 ガールスカウト奈良支部
#10 チャイコフスキーのバレー「白鳥の湖」
#11 メキシコ縦断アメリカ転々旅行
#12 メキシコの飲み物
#13 テキーラ
#14 花が咲いて実がなった(街で見る果物)


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