#4 トピックス − 特別ゲスト、中村さつきさん

ホームページ1周年を記念して、メキシコを含めて南米大陸2万4千キロをバイ
クで単独踏破した、驚異の体験を持つ中村さつきさんを紹介します。クエルナバ
カだけの知識でここまで来た私達ですが、いずれ、彼女のように大きく育ちたい
ものです。

若い頃の変人ぶりを、バイクのツーリング計画という暴挙によって具体化し、し
かも、着々と準備を進め、ついには本当に、実行してしまったさつきさんです。
ツーリングは、ロスアンゼルスから始まって、メキシコ、中米諸国を縦断、コス
タ・リカからブラジルのマナウスまで自分で手配してバイクを空輸、その後、バ
イクと一緒にフェリーでアマゾンを下り、再びバイクで南米を縦断して、南米大
陸の先端まで、約半年かけて走るという快挙を成し遂げた、その人です。
やりましたねー、さつきさん。 おめでとう \(^o^)/

(クリックで拡大)
その記録は、日本のツーリング雑誌に5回に分けて連載されたので、バイク好き
の方なら、読んだ記憶があるかも知れません。このように、説明すると、どんな
に「ごっつい姉御」かと想像するでしょうが、本人は、至って呑気そうな、好奇
心の強い、おしゃべりの好きな若い女性です。最初にコンサート会場で会って、
声をかけた時には、バイオリンを抱えてポツネンと立っていたこの若い女性が、
空手が趣味、しかも過去には、一人で南米をオートバイで縦断したことのある勇
者なんてことは、夢にも思いませんでした。

クエルナバカを含めてメキシコに長年住んだ後、現在は、サン・ディエゴの大学
で、学生生活をエンジョイしています。この細っこい体に、夢とそれを実現する
エネルギーが充ち満ちています。さつきさんのコメントは、とてもさらりとして
いますが、日常の些事の一喜一憂を超越した、人生の極意が読み取れます。

ガールスカウトだった彼女に会ってから、多くのガールスカウトの人たちに会う
ようになったし、また、偶然にも彼女は、私の独身時代の友人の親友だったこと
を後で知ったりして、今から思うと、巡りめぐって、世界の裏側で再会した懐か
しい妹のような気がします。
末っ子の私に妹がいとたは … ??

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では、さつきさんから、長い一言:

クエルナバカとは不思議な縁があります。もう20年も前、私は初めてクエルナ
バカを訪れました。当時、私は高校生のガールスカウトでした。クエルナバカ市
内にあるOur Cabanaでのプログラムに参加するためクエルナバカへ行ったのです
が、将来クエルナバカが自分の生活に深く関わってくるとは夢にも思いませんで
した。

そのころはクエルナバカのこともメキシコのこともよくわからないし、スペイン
語も全然わからなかったのですが、未知の世界への好奇心もあり、クエルナバカ
滞在の思い出は強く心に刻み込まれました。高校卒業後の進路を考えていた時期
でしたが、迷わず大学のスペイン語学科へ進学することに決めました。それから
は、すっかり「メキシコ」にとり憑かれてしまい、父親から「クエルナバカのお
かげで、バカになっちゃった」とからかわれたほどです。

自由な旅行者として再びメキシコを訪ねることを決意し、スペイン語の勉強のか
たわらアルバイトをして旅費をためました。5年後、大学3年生のときに自分の
力で溜めたお金で、スペイン語をしゃべりながら、個人旅行者としてクエルナバ
カを再訪することができました。達成感はありましたが、しょせんは大学生の春
休み旅行で、メキシコを自分の将来と結び付けることはできず、2ヶ月ほどで日
本へ帰りました。

大学卒業ののち、会社勤めをするようになってからも、クエルナバカの「バカ」
は心のどこかでくすぶっていました。くるしまぎれに「オートバイで中南米を縦
断する」という計画をぶちあげて、それを口実にしてスペイン語の勉強を続けま
した。「石の上にも三年」というけれど、2回目のクエルナバカ訪問から3年半
後、クエルナバカ近郊にある日系自動車メーカーで翻訳者として採用されること
になり、またクエルナバカへ行くことになりました。三度目の正直で、今度は定
住です。

初めての海外生活で、お金のことや言葉のことなど不安でいっぱいでしたが、翻
訳者として採用される以上、弱気なことはいっていられません。実力30%、は
ったり70%で私のクエルナバカ生活はスタートしたのでした。

20代の後半、最低限の行動力と経済力はあるけれど、世の中のことはまだよく
わかっていないという時期をクエルナバカで過ごしました。クエルナバカに住ん
だのは3年半で、そんなに長くはありません。でもそのあいだに、私の心を動か
すようなことがたくさんありました。ボーイフレンドもいたし、何でも相談でき
る仲のよい友達もいました。職場でのメキシコ人・日本人の同僚たち、クラシッ
ク音楽の仲間たち、カルロス・カスタネダの影響を受けた不思議なハイキング・
グループとの交流もありました。また、ひとりで遠い国へ来てしまったという孤
独感も味わいました。いまクエルナバカを訪れると、街のあちこちでそういった
思い出がよみがえります。

冗談のつもりだったツーリング計画の準備がやっと整って、クエルナバカでの生
活に終止符を打ち、出発しました。しかしその後、やはりメキシコが懐かしく、
ツーリングのあと再びメキシコに住んで働くことになりました。ケレタロとメキ
シコシティにそれぞれ2年ほど住み、そのあいだ何回もクエルナバカを訪ねまし
たが、その頃、かりさん、かずさんと知り合いになりました。

「火山の下で」という映画があり、クエルナバカが舞台なのですが、「一度メキ
シコの土にまみれた心は、よその土地では休まらない」というせりふが出てきま
す。私の心は、20年前に初めてクエルナバカへ行ったときに、そのメキシコの
土に触れたのかもしれません。私が性懲りもなく何度もメキシコへ舞い戻るのは、
そのせいなのでしょう。メキシコは私にとって、自分の「家」のようなものです。
気軽に訪ねることができ、くつろいだ気分で滞在することができて、未練なく去
っていくことができます。メキシコへ向かうときはいつも、嬉しさや期待や不安
が入り混じった気持ちになり、メキシコから帰るときにはなんだか悲しくなるの
はいつも同じです。

自分の「家」があっても、そこに落ち着くことができないへそ曲がりな性分で、
昨年、メキシコシティから米国カリフォルニア州サン・ディエゴへ移りました。
親元を離れて下宿している子どもみたいな気分で毎日過ごしています。今は学生
で、来年いっぱいはここで勉強する計画です。これでメキシコの「土の呪い」が
とけるかどうか、ちょっとわかりません。

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バックナンバー
#2 メキシコの住宅事情
#3 警官への賄賂
#4 音楽友の会 10周年コンサート裏話
#5 ノーチェ ブエナ物語
#5 クリスマス行事
#6 年末年始の休みとグアダラハラ家族旅行
#6 トレス レイエス
#7 ビザの種類と更新
#8 モナルカ蝶の聖域ツアー
#9 ガールスカウト奈良支部
#10 チャイコフスキーのバレー「白鳥の湖」
#11 メキシコ縦断アメリカ転々旅行
#12 メキシコの飲み物
#13 テキーラ
#14 花が咲いて実がなった(街で見る果物)
#15 アステカ・カレンダリオの謎
#16 2000年・年越し祭り
#17 9月16日 独立記念日


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