
![]() -呑気家族のメキシコ移住計画- |
出版:近代文芸社 石田 かり・著 |
#6 「クエルナバカの碧い空」続編 − 「葛飾諏訪太鼓」の日々前回のこのページで、私がいかに働いているかを、縷々お話しましたが、もちろん、 働いていたのは私だけでなく、クワウナワック博物館のロレンサ館長、司会と企画 をしてくれた博物館のフェルナンド・イダルゴ氏、クアウトラ市での公演を主催し たカルメン・デ・ラ・チカ女史とその同僚たち、そしてアミーゴス・デ・ラ・ムジ カで一緒に活動しているマネッティも、たぶん一生懸命働いていたのだと思います。 「たぶん」、なんて書くのは、やっぱりメキシコ人は、私達、日本人とペースが異 なるので、常に心の中に「???」があるからです。しかし、公演が終わってみれ ば、心の中の「???」が「!!!」に急変したのですから、結果よければ全て良 しですね。 特に、博物館は、みんなにアミーゴス・デ・ラ・ムジカが招待した葛飾諏訪太鼓を 横取りして利用しているなんて、悪口を言われながらも、トラヤカーパンの楽団と の競演や、松明を配した舞台、最後の花火、救急車の用意など、完璧にやってくれ ました。ただ、フェルナンド・イダルゴ氏は、司会を務めているのにもかかわらず、 ガチガチに上がってしまったせいか、公演の途中、消えてしまって、曲の合間に曲 の説明をする筈が、出てこない。後ろで見ていた私は、ハラハラでした。 クアウトラ公演のカルメンも、会場で待ち合わせた時間にこないし、公演の直前に なって現われたら、なんと食事をしていたというではないか! そんな中、やっぱり頼りになるのは日本人です。飛行機の切符をお願いした日本航 空JALの渡辺裕子さんは、空港の到着ロビーで一行を迎えてくれるし、メキシコ を去るときにも、きちんと一行と太鼓が無事飛行機に乗るまで見守ってくれました。 クエルナバカ公演にもお友達と一緒に見にきてくれて、嬉しかったです。 太鼓の運搬をお願いした”K”LINE AIR SERVICE の吉田なおみさんは、トラック と一緒に行動してくれたので、一番心配していた太鼓の移動を全て任せてしまいま した。みっつの公演会場すべてに付き添ってくれて、契約の時間が過ぎても、太鼓 の梱包などが済むのを辛抱強く待ってくれ、本当にご苦労をおかけしました。 もちろん、日本大使館の佐藤靖氏は、メキシコ市の会場の手配から、司会、観光案 内まで、お願いしますの一言だけで全部引き受けてくれて、こういう風に安心して お任せできるのは、やっぱり日本人だからという点もあったでしょう!奥様の由真 さん、尾谷ゆりさんにも、感謝の気持ちでいっぱいです。 私としても初体験がいっぱいだった葛飾諏訪太鼓の公演では、行く先々で急に通訳 を頼まれてシドロモドロになったり、下手な車の運転でみなさんをハラハラさせた りと、そんな場合じゃないけど、よい勉強になりました。 そして楽しい思い出が沢山できました。例えば、公演当日、ホテルで着替えた一行 を迎えに行って、コルテス宮殿までお連れしたのですが、宮殿前の道路は、公演の ために閉鎖されていて、真ん前に車を着けることができず、ちょっと離れた駐車場 から歩くハメになりました。一行は舞台衣装のハッピに「股引?」という格好だか ら、正直言って恥ずかしくてちょっと離れて歩きたいかな、とも思ったのですが、 でも、メキシコ人は、こういう時とても素直に反応するのです。珍しい動物をジロ ジロ見るというのとは異なり、人懐こい笑顔で話し掛けたりしてくれるから、こち らも、公演の前宣伝のような気持ちで歩くことができます。 公演後のレセプションには、大勢の報道陣がつめかけ、インタビューを受けたり、 博物館の人々に挨拶したりと忙しくしているうちに、食物も全部、トラヤカパンの 楽団に食べられてしまい、私達は、お腹をすかせたまま、深夜、宮殿前の「FLASH TACO」というレストランになだれ込みました。 ここは、メキシコ人のマネッティの活躍場所です。メキシコ人はお酒が強いけれど、 彼女は特別です。日本語とスペイン語でなかなか言葉が通じない中、唯一の共通語 「乾杯サルー」を連発しては、一気飲み繰り返し、それに律儀に、そして喜んで応 じていたのがリーダー水澤氏です。公演の緊張とその後の解放感で、皆あまり食が 進まないのに、おおいに杯を重ねました。そうして、寝る前に沢山水を飲むことと いう、マネッティの二日酔い対策を聞いてお開きになったのです。 また、マネッティは、プロレスを見ることができなかった一行8人のために、プロ レスラーのマスク8枚を、翌早朝メルカドに行って買って来てくれて、みんなを喜 ばせたのでした。実は、クエルナバカにプロレス会場があって、一行が到着した日 の夜、軽く食事をした後、会場へ歩いて見に行ったのです。そうしたら、この日は 試合があるはずなのに、閉まっているではありませんか!後で聞いたら、観客が少 なすぎたので、試合がキャンセルになったそうです。まっこと、メキシコ的! クアウトラ公演のあとは、宿泊していたホテルでレセプションがありました。クエ ルナバカから来たワトソン夫人や、お偉いさんが帰ってしまうと、クアウトラ市役 所の人たちや、FAIの事務所の人たちとその家族が残りました。初めはちょっと 堅苦しかったけれど、ビュッフェの食事が済んで、テキーラがホドホドに回ってく ると、みんなメキシコ人ですから、バックグラウンド・ミュージックの音を大きく して、当然、踊りだします。それが、プロみたいに上手なのですから、こちらも心 ならずも体がウキウキしてしまいます。 驚いたのは、葛飾諏訪太鼓の一行のダンスです。若い薫さんがリズムに乗って上手 にステップを踏めるのは納得ですが、その他のメンバーも次々に鮮やかなステップ で踊りだしたのには、びっくりしました。やっぱり、伊達に太鼓を叩いていません。 特に、夫のかずさんと同年配の杉浦氏がメキシコ女性を相手に、又、宮坂正子お母 さんがメキシコ男性と、ぴったり息のあったダンスを踊ったのには感心してしまい ました。どさくさに紛れて、かずさんも日墨の美女たちと沢山おどっていました。 FAIの皆さん、せっかくの公演のチケットの売上金の大半をテキーラに替えて、 飲んで踊って楽しんでしまってごめんなさい! ダンス・パーティの解散直前、FAIのクアウトラ事務所のアドリアナ女史が、翌 朝、ホテルに迎えに来るから、ソカロでの「旗揚げ式」に出席して欲しいというで はありませんか!こういう事を、飲んでいる席で、あっとう言う間に決めてしまっ ていいのかしらと思いますが、これもメキシコ的です。リーダーの水澤氏が快諾し、 翌朝、一行はハッピ姿で、毎週月曜日朝恒例の旗揚げ式に参列しました。 この時、迎えに来たFAIの車が、ワーゲンのカブト虫2台、もう一台はトラック だったのですから、喜んだのが太鼓の女性軍です。早速、ハッピ姿でトラックの荷 台に乗り込みました。トラックの後をついていった私達は、道端の市民やおまわり さんが、ハッピ姿の大和撫子たちがトラックの荷台で風に吹かれて通り過ぎるのを、 口あんぐりでボーゼンと見送るのを見て、大笑いでした。
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女衆のおでましだ〜い 外の風は気持ちいいね〜 メキシコ人もビックリ お巡りさんも口あんぐり いよ〜っ、ピチピチ姐さん (クリックで拡大) |

列席すればよいだけと思っていたのに、なんと、式の後、一人一人呼び出されて、 葛飾諏訪太鼓がクアウトラ市民に紹介されたのでした。市長さん本人から、市のバ ッジのプレゼントが一人一人にあり、何も用意していなかった私達は、前夜FAI のアドリアナにプレゼントした日本の絵はがきを、アドリアナから取り上げて、お 返しのプレゼントとして市長に渡したのでした。その後、市庁舎内を案内され、思 いがけない経験をしたのですが、この時、市役所の男性が、この模様を撮影したビ デオをくれると約束しながら、いまだに届かないのは、やっぱりメキシコ的です。 気長に待つより仕方ありません。 #2の文化情報でも書きましたが、博物館がアミーゴス・デ・ラ・ムジカの企画を 悪用しているなどとの批判記事は出たのですが、あれほどの大きな公演だったのに、 きちんとした新聞記事が未だに出ていないのも残念なことです。これも政治的な理 由があって、なかなか難しい問題です。テレビでは度々放送しているようなのです が、これもまだ見ておらず、ちょっと肩透かしです。 いずれにしても、書いても書いても足りないくらいいろんな経験をしました。葛飾 諏訪太鼓のみなさんも、きっと満足してくれたと思います。今回に懲りず、あるい は、今回に味をしめて、きっとまたメキシコに来てください。
バックナンバー
#1 「運転しよう」から:何でもありのメキシコ式運転
#2 「猫」から:猫の獲物はどうする?
#3 「免許証」から:ここでは買うんです
#4 「仕事をしよう」から:押し掛け助手は大活躍
#5 「仕事をしよう」から:コンサート後のご馳走
#6 「仕事をしよう」から:黒沼邸でのミニコンサート
#7 「スペイン語」から:無口な日本人
#8 「免許証から」から:車の所有税
#9 「クエルナバカ」から:蜂鳥
#10 「猫 パートII」から:捨て猫アナスタシア
#11 「猫穴」から:アメリカ・ドライブ・転々旅行
#12 「女性」から:老化現象と更年期障害
#13 猪俣猛作曲「クエルナバカの碧い空」
#14 日本へ一時帰国しました/その他
#15 運転したら事故はつきもの
#16 私たちの夏休み日記
#17 最近の感動:みんな生きている!
#18 ホームページ1周年記念
#19 仕事人「かり」