「クエルナバカの碧い空」第25号
#5 訪問者紹介 − 藤田 雅子さんと、桐林 智子さん雅子さんと智子さんは、日本で習っているスペイン語のレベル・アップのため、クエ ルナバカにきました。学校もホームステイも初体験ながら、なんでも見てやろうの好 奇心が強く、2週間の間に、2つのメキシコ人家庭で生活したり、存分に楽しんでく れたことでしょう。勉強のあとのメキシコ冒険旅行もハラハラドキドキの体験だった ようです。奥様方も、ご主人をおいて、海外に飛躍する時代ですね。
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クエルナバカって本当に常春 なんですね〜。街に花が溢れて とってもいい感じです。 今度来るときは絶対主人を 連れて来ますね! (*^o^*) (クリックで拡大) |

では、雅子さんから一言: クエルナバカ。それは私にとって何の感慨も沸か ない地名だったのです。私を誘った友人がメキシコ、語学学校、クエルナバカ、かり さん、そして「クエルナバカの碧い空」の本をちらちらさせる前は。 誘った本人が都合でこれないとわかっても、非情にも日本に残してまで、もう一人の 友人とやってきたクエルナバカ。たった15日滞在しただけで、コンナに心に染み込 んでしまうなんて。 爆走する車の間隙をぬって道を横断するスリル、もう病みつき。タマーレスやトルテ ィージャ、フラン、果物、カカワテ、木製の頑丈そうな椅子からほんの数束の花束ま で「棒振り」で売り歩くおじさんおばさんの活気というよりノンビリさ加減、プリマ ベーラ、ハカランダ、ブーガンビリア、花々のあまりの見事さに、たとえ歩道はでこ ぼこで、足元注意が必要でも見とれずにはいられません。 恐れ入りましたと感心する位の厳重警備の家々、でもみんなが「クエルナバカ気に入 った?」と聴いてくるんですもの。その天真爛漫ともいえる郷土愛。 日本でクエルナバカを知っている人は、みんなが皆「いいところ」といいましたが、 ほんとにそのとおりで、いま思い出すだけでも頬の筋肉が緩んでしまいます。しかし 何より学校をクエルナバカに決めるにあたっての最大のポイントは、かりさんご夫婦 が住んでいらしたことです。 学校に申し込むにも、万一うまくいかない時はかりさんに泣きつこうって思っていま した。選んだセントロビリングアルは、かりさんのおっしゃるように、アメリカ流に 生徒のニーズにすばやく対応するところで、求めれば、かなえられるところでした。 学校に満足した友人、そこそこだった私の違いは、スペイン語より週末のエクスクル シオンに燃えた、いわゆるモチベーションの違いだと思いました。 到着した次の日、かりさん宅に伺う前に、メルカドの人ごみをぬって歩き、通路のふ くらみのような場所に、安定の悪いテーブルと椅子があるだけの食堂のコリダ・デ・ コミダをたべ、見かねた女学生の助けを借りながらタクシーを公衆電話で呼び、3.5 ペソで路線バスにも乗りました。 来るにあたって手当たり次第メキシコ情報を仕入れて、ちゃんとした食堂で食べない とお腹をこわす、タクシーは危ない、路線バスも襲われる、人ごみはスリで一杯、そ して「メキシコシティの空港まで迎えにきてくれなくては、か弱いおばさん2人です もの、タクシーにも乗れません」と語学学校に泣きついた、同一人とはとても思えな いほど馴染んじゃったんです。 なぜかですって!それがクエルナバカなんだと思います。シティ以外のメキシコがそ うなんだと思っています。(だってシティではど真ん中の、独立記念塔の前で制服に 名札をつけた警官の客引きに会いましたもの。) オアハカもすーと馴染める土地でした。初めての土地で用心しようねと言い合って、 空港からタクシーに乗る際にナンバーを控えたんです。そしたら、チョフェルがどう してと聞くので、安全のためと答えたら、「シティはいざ知らず、オアハカは皆アミ ーゴ」って言われました。そして実際そうでした。会う人会う人素敵でした。特に女 性がプライドを持って自分の作品である刺繍を売っているのには頭が下がりました。 オアハカでもメルカドが圧巻でした。小さな店でもその品揃えの豊富な事!掛けてあ る衣類の下から目的の物を取り出して、サイズもいろいろ出してくれました。魔法の ようでした。代金を出すのに、胴まき(古ーい)をゴソゴソしたら、すかさず店の奥 に入れてくれて、ゆっくりやりなさいと、入り口を子供達に張り番させたベルト屋の お母さん、金を出すところをみられないようにの配慮でした。 シティオでタクシーを拾う時安全なのを呼ぶために手伝ってくれたホテルの人、この 時のタクシーの運転手さんはまた素敵でした。信号待ちしているときに車に寄ってき たおじいさんに実にさりげなくペソを渡していました。かっこいい寄付の仕方!でし た。もうもう私はすっかりオアハカのフアンです。 タスコもまたそうでした。色使いといい、繊細な模様といい、他の追随を許さないほ ど素敵な絵を描きながら陶器を売っている15歳くらいのお兄さん、他のお店では 10ペソだから10ペソにまけなさいと交渉したら、わかっているけどこれはまけら れないと最後はそっぽを向いてしまいました。自分の仕事に誇りを持っているからね って感じでした。グッときて結局買いました。気持ち程度にまけてくれましたけれど。 アハハ。買った魚の壁飾りは今見ても、つくづく素敵な色使いです。 しかし、おっかないはずのシティでも、結局恐い目に会わず、用意した「襲われた時 に差し出すつもり」の財布一式は、そのまま残り、かえってあちこちに分散したため に注意散漫になって、うっかりポケットからこぼれたお金を「落としたわよ」って教 えられる始末。地下鉄で動き回り、駅ごとに乗り込む物売りの口上を楽しみ、「メキ シコの休日」でした。日本に帰って在日メキシコ人の知り合いにこの話をしたら、 「恥ずかしい」といいました。私は生き生きした生活の智恵を感じたのになあ。 でもいっかなノーテンキな私でも、感じずにはいられない光景もまたありました。働 く子供です。そして働くことも出来ずに物乞いする母子です。体型から顔立ちまで外 国人にも一目でわかる階級差。もしも大統領だったら、とは、学校で接続法の練習問 題に使われたパターンですが、この子供達を何とかできたら。教育を無料に義務には、 言うのは簡単ですが、その前に解決しておかないとならない問題が多いようです。し かし子供に期待している親が沢山いることもわかりました。 土地も資源も豊かなメキシコ、国民も器用で頭がよくて忍耐づよくプライドが高い。 もっと発展していい国なのにと思いました。 取り留めない感想の羅列ですが、とてもメキシコが好きになりました。かりさんのお 宅に2度3度といらっしゃる方があるのも、さもありなんと納得です。私も、そうだ ったりして。かりさん、ご用心ご用心。 ******************** では、智子さんから一言: 楽しかったクエルナバカを後にして、一路メキシコに 向かいました。安くて便利の良いホテルを見つけ、本当の旅が始まりました。翌日は オアハカへ日帰りの旅をし、その翌日は地下鉄に乗って、もう一度アントロポロヒア (人類物博物館)に行き、その翌日は2人で地下鉄を乗り換え、電車を乗り継ぎ、ソ チミルコへ行きました。 一番印象に残っているのは、メキシコの警察と、地下鉄と、何と言ってもオアハカで した。 先ずメキシコに着いたばかりの私たちは、朝食を食べてから何も食べていない事に気 づきました。昼食兼夕食を食べに出かけました。ビールがほどよく体全体を支配し、 散歩がてらホテルまで帰る途中、ある警察が私達に近づいてきました。あれこれ話を しているうちに、市場へ連れてってあげるとか、いつまで滞在するのかなど、色々と 干渉してきたのです。良く見ると、警察の車のすぐ脇にワゴン車(車内がよく見えな いけれどとても立派)が止まっていました。ヤクザ風の男の人が一部始終を聞いてい て、私達を誘うのです。心地よく酔っているせいもありつい、フラフラと行きかけた とたん、マサコが思い出したのです。かりさんの言った言葉を・・・「メキシコでは 警察が一番信用できない」と。ふと我に帰り、あとは二人して酔いも吹き飛び、一目 散にホテルに帰りました。忠告をありがとう。 オアハカはメキシコ市から飛行機で約1時間のところにあります。原住民が多く住ん でいる所です。山や畑が多く、空気がきれいでした。まるで時間が一瞬止まっている ような、不思議な感覚を覚えました。街全体はきれいで、こじんまりしていました。 人々はとてもやさしくて、穏やかでした。お気に入りの手ししゅうのブラウスを3枚 買いました。オアハカは民芸品が沢山売られていました。できれば、一年くらい住ん でみたい所です。オアハカ名産のチョコレートと、チーズを食べました。美味しかっ たです。 メキシコ市の地下鉄はとても危険なのであまり勧めないとガイドブックに書いてあり ます。そう言われるとどうしても、乗りたくなるのが人情です。私達はソチミルコへ 地下鉄と電車で行きました。地下鉄の乗り換えは、日本よりずっとわかりやすかった し、そんなに危険でもないと思いました。なによりも、市民の生活ぶりが、つぶさに 見れた事は一番の収穫でした。それにおしなべて人々は私達に親切でした。一番驚い た事は、電車が止まって出発する時、物売りが電車に乗り込んで来て、ガム、地図、 新聞、扇子、その他色々売り歩くのです。日本では考えられない事です。 この旅を振り返り、豊かさって一体なんだろうって考えざるを得ませんでした。また、 普通の生活を何の疑いもなくしている私にとって、メキシコの旅は一瞬の輝きでした。 この“輝き”はいろんな事を与えてくれました。これからも、この“輝き”を浴びた 私は生きる事に、もっともっと積極的になれそうです。 次の旅もラテンアメリカにしたいと思っています。ありがとうございました。 2000年 5月11日 桐林 智子
バックナンバー
#1 埼玉県: 古川 雅代さん
#2 東京都: 清水 玲子さん、熊谷 晴美さん
#3 ニューヨーク: 黒川 真衣
#4 クエルナバカ: ロクサーナさん
#5 兵庫県: 大石 尚志さん
#6 東京都: 前島 美智子さん
#7 栃木県: 鈴木 幸美さん
#8 奈良市: 福井 美恵さん
#9 山梨県: 柳本 雪子さん
#10 奈良市: 見学 紀久子さん
#11 横浜市: ハナさん
#12 ???: 青木スミエさん
#13 名古屋市: 稲熊 直子さん
#14 クエルナバカ: 辰島 和嘉さん
#15 名古屋市:松崎 忍さん、愛知県:上坂祐子さん
#16 広島市:古川智子さん
#17 三重県:梶浦貴己さん、ガールスカウト3名(岩谷, 岡野, 塩谷)さん
メキシコ・シテイ:坂本 智香子さん、牧野祥子さん
#18 大内祐子さん,山本紀子さん,ゆきさん
#19 メキシコ市在住の高畠直子さん,静岡県から高橋武麿さん
#20-1 葛飾諏訪太鼓のご一行様
#20-2 「民族大移動」代表、江崎 恵さん
#21 名古屋市: 増井 恵さん
#22 我が家の家庭教師 ANTONIETA BELMONT
#23-1 メキシコ市在住:久下和美さんと萌美ちゃん
#23-2 岡山市:高畠桂子さん
#23-3 福山順子さん
#23-4 鈴木暁さん
#24-1 岡島弥生、しのぶ 姉妹
#24-1 藤原秀子さん、山下典子さん
#24-1 山下健児さん