
「クエルナバカの碧い空」第28号
#4 トピックス ― ロマンチック・アシエンダ(荘園)街道巡りの散策HACIENDAは、一般に大農園、英語でPLANTACION を意味します。しかし、スペ インの支配下に生まれた中南米の国々のアシエンダには独特の意味合いがあります。 荘園は、農園を意味すると共に、支配者である領主の屋敷を意味したのです。 メキシコの歴史は、PREHISPANICO(あるいはPRECOLOMBINO)即ち新大陸発見以前、 またはスペインによる征服の前と、後で大きく分かれています。1492年にコロ ンブスがアメリカ大陸を発見し、その後、エルナン・コルテスをはじめ、スペイン 人が続々と到着して、国の形が全く一変してしまいました。 ここで取り上げるサトウキビ農園もそのひとつです。サトウキビは現在もモレーロ ス州の重要な産業で、わたしたちは、これをメキシコ原産の植物と思っていました。 しかし、実際には、コルテスが、征服直後の1529年に、この土地に持ち込んだ 外来の農産物だったのです。16世紀前半、NUEVA ESPANA(新スペイン)と呼ばれた メキシコで一番重要な製糖工場といえば、ベラクルスのトゥクストラとクエルナバ カのトラルテナンゴのふたつであったように、モレーロス州は、温暖な土地と豊富 な湧き水があったことから、次々とサトウキビ農園が作られたのです。そのスペイ ン人支配者と原住民や農奴の様子は、コルテス宮殿内のディエゴ・リベラの有名な 壁画に描かれています。 サトウキビ農園では、砂糖AZUCAR、糖蜜MIEL 、焼酎AGUARDIENTEなどが製造さ れていましたが、しかし、独立戦争ののちスペイン人支配の時代が去り、さらには 革命が起こり、内乱の時代を経て農園が荒廃し、しかも技術の進歩で古い製糖機械 が不要になると、多くの荘園は過去の遺跡となりました。しかしながら、その石造 りの建物は、ただの残骸CASCOとみなすには美し過ぎました。 破壊を免れて今も残る荘園の近くには、アーチ状の柱を持つ水道橋ACUEDUCTO が 道を遮り、そのアーチをくぐると、青い空にそびえる高〜い煙突が見えます。これ は、サトウキビを焼くたかまどの名残りで、どちらも歴史に苔むし、色を深めて尚 存在感があります。また、荘園の要塞のような高い石塀の木戸を開けて一歩中に足 を踏み入れると、征服者であるスペイン人が、富と権力にまかせて建築した美しい タイル貼りのボベダBOVEDAと呼ばれる丸天井を持つ住居部分や、付設の教会や礼 拝堂があり、その石壁を抱くようにつたう木の根や、樹齢も不明なほど高く青空に 聳えるパルマス(ヤシの木)などが、500年にも及ぶ歴史を物語っています。し かも、周辺はいまなおサトウキビ畑が広がり、これが、モレーロス州の旧街道をド ライブすれば、必ず、通りかかる風景の重要な一部なのです。 例えばクエルナバカ市近郊では、ホームページ第2号の#3タウンガイドで紹介し、 その後もコンサート情報などで、度々登場のホテル・レストラン、アシエンダ・デ・ コルテスは、このような荘園の生まれ変わりです。当時、使われていたサトウキビ の圧搾機械なども展示され、テレノベーラ(メキシコ風メロドラマ)が数多く撮影 される場所でもあります。 その他にも、ゴルフ場に使われたり、ゴルフ場付きホテルとなったり、その広い敷 地と要塞のような頑丈な建物が、様々に活用されています。お隣りのクアウトラ市 近郊の荘園地域には、廃虚となったり、個人所有の住居となっている荘園が今も数 多く残っています。その中でも、HACIENDA DE CASASSANOは、メキシコでも最も古 くからあり、しかも現在も稼動する唯一の現役の製糖工場を持つ荘園です。日曜日 の荘厳なミサが行われる礼拝堂は一般にも開放されています。 さて、今回は特に、モレーロス南部の街道沿いの荘園を巡る、雄大な自然と歴史が 織り成すロマンチック街道の散策にお誘いします。一般に開放していない荘園もあ りますが、ドライブをするだけでも、おおらかな気持ちになること請け合いです。 下の地図の高速道路と平行する一般道を南下します。因みに、(a)はソチカルコ XOCHICALCOのピラミッド、(b)はTEQUESQUITENGOの湖です。
クエルナバカの周辺に荘園が点在してる(クリックで拡大)
(1)は、クエルナバカから10分のところにあるHACIENDA DE TEMIXCOです。現 在は、その自然の川や湧き水MANANTIAL利用した大規模なプール施設BALNEARIOと して、子供たち歓声が響く、市民の憩いの場所になっています。波の出るプールや 4つのトボガン、スポーツ公園など施設が充実していますから、家族連れで一日中 遊べます。 (2)は、HACIENDA DE SANTA CATARINA CHICONCUAC です。この荘園は革命後に廃 虚となっていたものをあるメキシコ人が買い取り、現在は、ごく個人的に社交の場 として使われています。先日のニュースでは、8月6日に、前メキシコ大統領サリ ナスの弟で現在殺人容疑などで拘留中のラウル・サリナスの娘がここで結婚式を挙 げたというニュースを流していました。この結婚式には1000人の招待客が集まっ たそうです。つまり、そういう場所です。 (3)のHACIENDA DE MIACATLANは、ソチカルコのピラミッドの石を切り出して建 てられたと言われ、荘園の歴代の持ち主は、ピラミッドからの略奪品を多く所有し ていたそうです。現在は、、NUESTROS PEQUENOS HERMANOS(我々の小さな兄弟たち) という孤児院になっており、子供たちが広々とした芝を駆け回っていました。 (4)はHACIENDA DE SANTA CRUZ VISTA ALEGREです。18世紀に建てられた比較 的新しい荘園で、その小規模な製糖工場は、19世紀末にパリで受賞したほど良質 な砂糖を製造していました。また、その糖蜜からは有名な"CHINGUERE"という焼酎 が作られたそうです。現在は、近くのサトウキビ農園の持ち主である5家族が住ん でいます。 (5)HACIENDA SAN GABRIEL LAS PALMASは、今回の荘園巡りで、私達が一番最初に 取材した荘園です。アトランタ在住の智子さんのメキシコ人の友だちが、9月にこ こで結婚式を挙げるので、智子さんから「どんな所ですか?」とメールで質問があ ったのです。丁度、荘園を紹介したいと考えていた時のそのタイミングのよさに、 早速、下見を兼ねた取材してきました。そして、荘園の美しさに魅せられたのです から、智子さんのメールがこのトピックスにつながっているのです。 何もない片田舎の一角に目立たない看板が立ち、そこを目指して行ったのでなけれ ば、絶対にこれがホテルとは思わなかったでしょう。回りには人はおらず、馬がの んびりと草を食んでいるだけ・・・。舗装されていない田舎の乾いた白い道に面し て大きな木の扉があるけれど、どうみてもホテルの扉とは見えません。しかし、意 を決して垂れ下がる綱を引くと鐘が鳴り、門番らしき人が顔を現しました。 足を踏み入れて、まず目に入ったのが、まっすぐに延びる道と、それを縁取る高さ 10メートルを超えて聳えるヤシの並木です。どこまでも広がる色濃い芝生と、白い ヤシの列。奥には深い森があり、その木々の間から、馬に乗った庭師と思われる人 が現れたから、自分がどこにいるのかも忘れてしまいます。しかし、元々1万9千 ヘクタールあったという土地は、周辺の農家に分割されたというのですから、元の 広さを想像する事もできません。
その名のとおりパルマス(椰子の木)の大木に圧倒される(クリックで拡大)
現在ホテルとして一般に開放されているこの荘園は、1529年にエルナン・コルテ ス本人の命により建てられ、革命中は、革命児エミリアノ・サパタがこの建物を革 命本部として使いました。もともとの建物の構造をそのまま使った客室は、たった 13室というホテルであります。この荘園については、結婚式に列席し、その後、 2泊する智子さんから、もっと詳しい報告をいただけると思います。乞うご期待! 最後に来たのが(6)HACIENDA SAN JOSE VISTA HERMOSAです。これも1529年に エルナン・コルテスによって建築されました。この地域に不足している鉄や木材を 使わず、要塞のように石造りで、住居部分、厩舎、家畜小屋、そして製糖工場を、 やはり石造りの高い塀が囲んでいます。その石壁の厚さは6フィート(1.7メー トル)もあり、メキシコ最初の製糖用蒸気機関を備えていたと言われています。
入口は石造りの塀に門が付いている。ホテルとは思えない雰囲気。(クリックで拡大)
コルテス亡き後も、1621年まで、コルテス一族のの富に満ちた支配が続きました。 17世紀には土地の分割などもあり、現在と領土となり、18世紀初頭に、ドン・ カブリエル・イエルモがこれを手に入れました。彼は、前記の(1)HACIENDA DE TEMIXCOや(5)HACIENDA SAN GABRIEL LAS PALMASをも所有して、サトウキビ 農園を拡大、水道橋を整備し、灌漑設備を拡充しました。現在、「モレーロスの海」 MAR DE MORELOSと呼ばれるテケスキテンゴ湖 LAGUNA DE TEQUESQUITENGOは、元は 小さな村が、この農園から来る水が溜まって水没し、湖になった人工湖だったので す。スキューバ・ダイビングのメッカでもあるこの湖に潜れば、教会の鐘付き塔を 湖底に見る事もできます。(この湖については、いつか詳しく説明しましょう。) ドン・カブリエル・イエルモの繁栄は長く続きませんでした。独立戦争当時、モレ ーロス州の大地主であったレオナルド・ブラボは、ドン・イエルモに友情を装うっ て近づき、土地を騙し取り、果てはドン・イエルモを銃殺の刑に処するよう画策し ました。しかし、波乱に満ちたメキシコの歴史では、誰も長く繁栄を享受し続ける ことはできません。 1910年革命の嵐が吹き荒れると、”TIERRA Y LIBERTAD”「土地と自由」という合い 言葉を掲げて、モレーロス州の農民の間から立ち上がった革命児エミリアノ・サパ タが部下を引き連れて、竜巻のようにサトウキビ畑を破壊して通りました。彼等は 荘園主たちを血祭りにあげ、食糧や家畜を略奪し、収穫物を破壊し、積年の恨みを はらして行ったのです。その結果、荘園の土地は、周辺農民集団に分割され、荘園 の建物を含んだ土地50エーカーは農民のものとなったのでした。 こうして、1947年に現在の持ち主が廃虚となったこの荘園を買い取り、ホテル として開業するまでは、近隣の農家の共同の所有だったそうです。もとの構造のま ま客室やとなった建物の外には、プールに浮かぶ水道橋や、教会、明かり取りのボ ベダの美しいタイルの丸屋根が見え、建物に入ると、迷路のような階段や廊下から 客室へつながり、革命以前に皇帝マキシミリアーノと妻カルロータが宿泊した寝室、 広々としたサロン、サトウキビを保管した倉庫や、じめじめした地下道の奥のいわ くありげな地下牢など、波乱の歴史をそのまま物語って、ドラマチック!
プールに浮かぶ水道橋 丸屋根付きの客室外観 保存状態がいい馬車広々とした一般客室 皇帝が宿泊した寝室(お妃さん?) うめき声が聞こえるよう
(クリックで拡大)
新館もふくめると120室の客室があり、食事だけで訪れるのもいいでしょう。 実は、今回、荘園取材中に、偶然、日本の漫画家の秋元せいこさんから、荘園に関 する情報が欲しいというメールが届きました。HACIENDA SAN JOSE VISTA HERMOSA を舞台にした小説「再会のバラード」のコミック化に当たり、荘園の実態を見て来 て欲しいというのです。私達の取材が実際に何かのお役にたてるとは、こんなに嬉 しいことはありません。早速、写真や情報を送らせていただきました。そして、そ の結果がもうすぐ日本で発売になります。 雑誌の名前 「ハーレクイン」Vol.8(隔月刊) 出版社の名前 宙出版社(おおぞらしゅっぱん) タイトル 「再会のバラード」原作アネット・ブロードリック 発売日 8月24日 木曜 著者名 秋元 せいこ 雑誌の価格は450円、ハーレクイン作品の読み切りコミックが3本同時掲載され、 そのうちの1本が秋元さいこさんの作品です。このページの写真だけでなく、ロマ ンチックなコミックでもお楽しみ下さい。 これらの荘園は、XOCHICALCOソチカルコのピラミッド遺跡、モレーロス原産の様 々な果物を生産する果樹園で有名なCOATLAN DEL RIO、テケスキテンゴの湖に代表 される湖沼の数々、大小の滝、そしてLAS ESTACAS、PALO DE BOLEROなどの様々な 自然水浴施設と、その間に散らばる宝石のような村々に溶け合って、モレーロスの 豊かな歴史と自然を形成しています。ちょっと、足を伸ばしてみませんか?
バックナンバー
#2 メキシコの住宅事情
#3 警官への賄賂
#4 音楽友の会 10周年コンサート裏話
#5 ノーチェ ブエナ物語
#5 クリスマス行事
#6 年末年始の休みとグアダラハラ家族旅行
#6 トレス レイエス
#7 ビザの種類と更新
#8 モナルカ蝶の聖域ツアー
#9 ガールスカウト奈良支部
#10 チャイコフスキーのバレー「白鳥の湖」
#11 メキシコ縦断アメリカ転々旅行
#12 メキシコの飲み物
#13 テキーラ
#14 花が咲いて実がなった(街で見る果物)
#15 アステカ・カレンダリオの謎
#16 2000年・年越し祭り
#17 9月16日 独立記念日
#18 特別ゲスト、中村さつきさん
#19 DIA DE MUERTOS 死者の日
#20 葛飾諏訪太鼓メキシコ滞在記 (リーダー水澤啓一 記)
#21クエルナバカの年末年始
#22 メキシコ病院事情
#23 今も懐かし、街頭の物売りたち
#24 養老院YALENTAY慰問コンサート
#25 メキシコの温泉も気持ちいい(*^o^*)
#26 ノパール NOPALで健康に!
#27 メキシコの選挙