「クエルナバカの碧い空」第29号
#5 訪問者紹介 − 松本淑子さん
淑子さんと写真家の大野二美雄さんは、三井不動産のPR誌の取材で、モレーロス
州のトラヤカパンにある黒沼ユリ子邸を訪れました。私達のHPにも一言お願いし
たのですが、良く考えてみると淑子さんは、取材し原稿を書く専門家。このような
方に、コメントをお願いし、快く引き受けていただき、しかも気持ちを十分に込め
た丁寧な文章をいただき、とても恐縮、感激です。
松本淑子さん

Hacienda de Cortesにて
500年の歴史を感じます

Hacienda Vista Hermosaで
今度は休暇で来ますね

(クリックで拡大)


では、淑子さんから一言、二言、三言:   トラヤカパン〜クエルナバカの旅から

バイオリニスト黒沼ユリ子さんは、今年大きな節目の年を迎えられました。心血を
注いで育て上げてきた子どもたちのためのバイオリン学園「アカデミア・ユリコ・
クロヌマ」が設立20周年、トラヤカパンにあるお住まいの増築工事がいよいよ「終
の住処」にふさわしく完成し、そして御自身は日本流にいう「還暦」です。9月2日
には教え子や友人の音楽家が世界中から集まって、盛大なコンサート「弦の祭典」
が行われたのですが、その準備でお忙しいさなかの8月中旬、私はPR誌の取材のた
めカメラマンとともに黒沼邸を訪れ、3日間自由に取材させていただきました。

そういった「仕事の旅」の印象ですので、見聞は限られていますが、いま思いだし
てもメキシコという国は「濃い、深い、おもしろい」で、いまだこの国に酔ってい
るような状態です。おそらくお会いした黒沼さんご夫妻と、このHPの主、かずさ
ん&かりさん御夫妻が、最上のメキシコの理解者でそのご案内いただく世界に身を
ゆだねた格好の旅だったのが、メキシコ酔いの原因でしょう。印象的だったことを
少し書いてみます。

[メキシカンカラー]    
そもそも「お宅拝見」的訪問記の取材先として黒沼邸を考えたのは、黒沼さんの
「メキシコの我が家へようこそ」(主婦と生活社)に出会い、黒沼邸の強烈な色彩
に魅せられたからです。それ以前に、私はルイス・バラガンというメキシコの建
築家の建てた自邸の写真で、「色彩のある家」の心豊かさを知り、メキシカンカラ
ーが、ずっと気になっていました。それは、「壁色は白」と決り切っているような
日本の住宅の対照にあるものです。

黒沼邸は敷地4000平米、床面積700平米の大邸宅です。遠くからも見えるブルー
のドーム屋根がアプローチの気分をわくわくさせ、一歩中に入った玄関ホールには
外光がカラフルなガラスごしに静かな色に染まって差し込み、そこから先は室内も
庭もみごとな色彩のパラダイスです。私は家を案内してもらいながら、スケールの
大きな幻惑の世界に迷い込んだような気がしていました。平常心を取り戻すのに、
小1時間はかかる家。見ても見ても見飽きない家です。仕事柄いろいろなお宅に伺
いましたが、こんなに細部まで気分を込めて、楽しんで作られた家は初めてです。
家全体が破顔一笑している家なのです。

建物は壁面ごとに黄色、オレンジ、ターコイズブルー、グリーンなどに塗り分けら
れていて、その鮮やかさはメキシコにおいても群を抜いています。なにしろ規模の
大きい家ですから一つの壁面の面積も大きく、出窓に別色のアクセントカラーを用
いるなど、きめ細かいのです。黒沼邸でさまざまな角度からこれを眺め、何度もう
なる思いをしました。ちょっと考えると落ち着きを失いそうな色の氾濫ですが、こ
れがみごとな調和を保っているのです。色のリズム感が、抜群にいいのだと気付き
ました。おそらく音楽で鍛え上げた黒沼さんの感性が色を配するときに働き、「リ
ズム感」と「調和」をもたらしたのでしょう。

ピンクや紫の色の壁は庭の中にもあり、「これはルイス・バラガン流」と黒沼さん
は説明してくれました。大きな空間を色の壁で仕切り、壁の向こうの世界を奥深く
見せる手法は、バラガンの得意技なのです。黒沼邸にはバラガンの写真集が何冊も
あり、何事にも研究熱心な黒沼さんらしい「バラガン熱」を感じました。(黒沼邸
の写真がないとイメージしにくいかと思いますが、10月以降三井不動産のHPに
載りますので、そこで見てください。

            http://www.mitsuifudosan.co.jp/condo/
[サボテンのきんぴら] 取材者としてはありがたいことに、私たちは黒沼邸にホームステイしながら取材さ せていただけることになり、2泊3日の間、他のヨーロッパから来ている音楽家の お客様といっしょに、黒沼夫妻と共に食事をしました。おもしろいことに食事時間 が朝8時半頃の朝食、夕方4時頃の昼・夕食の2回。メキシコ流なのです。朝も時 間をかけてしっかり食べます。 お料理上手の黒沼さんの薫陶を受けたお手伝いのイリヤさんは、素材の味を生かし た、サラッとした感じのメキシコ料理を作ります。庭の池で養殖しているテラピア (これは水代電気代などがかかり「メキシコ一高価なテラピア」なのだそうです)を、 コリアンダーとともにホイル蒸しにした料理など、絶品でした。テラピアに限らず 黒沼邸はたくさんの果樹があり、七面鳥や鶏を飼っていて食材の自給自足態勢は相 当整っています。仕事柄この家に落ち着いていることのできない黒沼さんですが、 その少ない滞在時間に、食べるものを自分の手で生み出すことは、何よりの気分転 換であり、休息になるようです。 わたしは黒沼さんの本の中で、サボテンが食べられることを知り、ぜひ食べてみた いと思っていました。黒沼邸のサボテン園を案内してくださった黒沼さんが同じよ うに見える2本のウチワサボテンをさしながら「これは野菜のサボテン、葉を食べ るの。こっちはフルーツ型、葉のうえにでる実を食べるの」と説明してくださいま した。小柄な黒沼さんと同じぐらいの高さのサボテンは、肉厚の葉を太陽にかざし て、ニコニコ笑っているようにみえました。 翌朝の食卓で千切りにしたグリーンの葉を見たとき「あ、これだ」とうれしくなり ました。「サボテンのきんぴらよ」と黒沼さんが日本語で言い添えてくれました。 きんぴら……油で炒め唐辛子のピリカラ味が利いた一品は、作り方はなるほどきん ぴらですが、サボテンのみずみずしさと酸味、かくし味のニンニク風味もあって、 私の口にはまるで違う上等の野菜料理に思えました。このときの食卓は「見晴らし のいいテラスで朝食」というシーンの撮影でもあったため、私はお料理に集中する ことができなくて半分上の空で食べていたのですが、それだけに初めて食べたサボ テンの予想外のみずみずしさ、おいしさが強く印象に残りました。 ちなみに「フルーツのサボテン」の方は、翌日かり&かずさんの家で口にすること ができました。こちらは琵琶の実ぐらいの大きさで、たっぷりジューシーでほのか に甘い。こうして知った「サボテンの味」は、私の食歴の中の自慢項目に付け加え、 友人に吹聴しています。 [アシエンダ散策] アシエンダ(荘園)については、8月のこのHPでその魅力を知ったばかりですが、 この短い取材旅行で訪ねることができるとは、夢にも思っていませんでした。しか し天候に恵まれて撮影予備日を使わずに済んだおかげで、食事を兼ねて訪れること ができました。 アシエンダは、時間が作りだした驚きの庭園でした。園内には水道橋やプールやメ イン・レジデンス(いまはホテル)などがあり、娯楽施設として明るい雰囲気で市 民に親しまれていますが、もとになる建物や施設は400年以上前の時代のもの。 長い年月の間に大木が石壁を抱きかかえて這い登り、一体となり、「植物」と「鉱 物」の境をあいまいにしている様子は、クラクラするような「時間」を感じさせる ものでした。 実は私はこれまで庭園散策が退屈だと思っていました。幾何学的に木々を刈り込ん だフランス、イタリアタイプはもとより、自然を模したという日本やイギリスのも のでもおもしろみを見つけられなかったのです。しかしアシエンダは、違いました。 建物や壁や水道橋などの古くて存在感のある人工の構造物が視界を遮り、訳のわか らない動線を強いられる。そして視界が開けたときに目が驚く光景が広がる。目が とらえるものは、庭園という半自然を管理しきろうとしないメキシコの人の柔らか な精神なのかもしれません。そんな感じがこれまで見たどの庭園とも似ていなくて 新鮮だったのです。 光の強さと同じくらい影の暗さも濃いと、メキシコを記述した何かの本にありまし たが、それを大きな敷地の中で体感できる場が、アシエンダです。その意味ではメ キシコそのものを体現するテーマパークかもしれません。 [最後に] この旅で私はタイルが温かい表情のをもつものだと初めて気がつきました。レオン・ トロツキーが死んだのはこの国だったと知りました。戦国時代の長崎の殉教者の壁 画が遠くクエルナバカのカテドラルにあることに驚きました。 知らなかったことの多すぎる国でしたが、訪れて、これほどイメージをいい意味で 裏切ってくれた国はありませんでした。メキシコの人の、いつも何か目の前のこと を楽しんでいるような表情は、束の間の旅行者の心をなごませるものでした。 メキシコの表面をさっと撫でただけのような旅行でしたが、その奥に何か厚みのあ る、複雑なものが横たわっている。そしてそれがメキシコ人の悠々たる人生観を支 えているらしいということだけは推察できました。と同時にあの賢い黒沼さんが、 メキシコに住み続け、ここに終の住処を構えた理由も、いまはよくわかります。少 女のようものごとの本質をまっすぐ見つめる黒沼さんの目が、この国の人と歴史の 「おもしろみ」を深く捕えたのに違いありません。つまり「この国なら人間らしく 生きられる」と。 翻って……黒沼さんは日本の現状を「子供っぽい」と悲憤慷慨していました。さも ありなんと、自信を失って判断をどこかに預けた国の住人は、メキシコ酔いの中で 考えるのです。またぜひ訪れて、今度はメキシコの魅力と謎の源泉らしいアステカ 文明を体感してみたいなと思っています。
表紙に戻る
次に進む
バックナンバー
#1 埼玉県: 古川 雅代さん
#2 東京都: 清水 玲子さん、熊谷 晴美さん
#3 ニューヨーク: 黒川 真衣
#4 クエルナバカ: ロクサーナさん
#5 兵庫県: 大石 尚志さん
#6 東京都: 前島 美智子さん
#7 栃木県: 鈴木 幸美さん
#8 奈良市: 福井 美恵さん
#9 山梨県: 柳本 雪子さん
#10 奈良市: 見学 紀久子さん
#11 横浜市: ハナさん
#12 ???: 青木スミエさん
#13 名古屋市: 稲熊 直子さん
#14 クエルナバカ: 辰島 和嘉さん
#15 名古屋市:松崎 忍さん、愛知県:上坂祐子さん
#16 広島市:古川智子さん
#17 三重県:梶浦貴己さん、ガールスカウト3名(岩谷, 岡野, 塩谷)さん
メキシコ・シテイ:坂本 智香子さん、牧野祥子さん

#18 大内祐子さん,山本紀子さん,ゆきさん
#19 メキシコ市在住の高畠直子さん,静岡県から高橋武麿さん
#20-1 葛飾諏訪太鼓のご一行様
#20-2 「民族大移動」代表、江崎 恵さん
#21 名古屋市: 増井 恵さん
#22 我が家の家庭教師 ANTONIETA BELMONT
#23-1 メキシコ市在住:久下和美さんと萌美ちゃん
#23-2 岡山市:高畠桂子さん
#23-3 福山順子さん
#23-4 鈴木暁さん
#24-1 岡島弥生、しのぶ 姉妹
#24-2 藤原秀子さん、山下典子さん
#24-3 山下健児さん
#25-1 山田直美さん
#25-2 藤田雅子さん、桐林智子さん
#25-3 山本紀子さん、高畠直子さん
#26-1 久安 綾子さん
#26-2 水谷ひと美さん
#27-1 河野直弘さん
#27-2 古川あゆみさん
#27-3 大内祐子さん
#28 ジョナサン&直子 コール

[PR]看護師の好条件求人なら:転職のプロがサポート!年間5万人が利用