では、真利子さんから一言: 私がメキシコに短期留学しようと決めたのは大学
で学んでいるスペイン語上達のためでした。メキシコを選んだのはただ暖かそうだ
から、という理由だけでした。でも、帰国してみると、スペイン語の他にもたくさ
んのことをたくさんの人から学ぶことができたことに気が付きました。そして、カ
リさん一家も含め大切な出会いがここにはありました。
メキシコでの私はまさに“ラッキー・ガール”と言えるでしょう。先ず、ホームス
テイ先はとても温かい家庭でした。私のメキシコのお母さんはマルタといいました。
マルタは70歳で私の大学の先生をしていました。会って一番最初に言われた言葉
は「Mi casa es su casa(私の家はあなたの家よ)」です。マルタは私に「あな
たは私の家族なんだから何も遠慮することないのよ」と私を本当の娘のようにかわ
いがってくれました。マルタは一人家族でしたが、お友達が多く、よくお友達の家
に一緒に遊びにいきました。ですから、常にスペイン語を話さなければいけない状
況に置かれとてもいい会話の練習になりました。彼女たちに折り紙を教えてあげる
ととても喜んでくれて、なんとも言えない充実感で胸がいっぱいになりました。そ
して、彼女たちは私が帰る前日にさよならパーティーを開いてくれました。マルタ
もその友達やその家族の人もみんな私に優しくしてくれて、いい人達に囲まれて本
当に幸せでした。
次に学校に恵まれたということです。私の通っていた学校はとてもプログラムがし
っかりしていて、生徒と先生の距離がとても近いというのが良いところだと思いま
した。私の会話の授業の先生はモニカという26歳の女の人でした。彼女とはほと
んど一対一で毎日2時間の授業を3週間受けました。長い時間彼女と過ごしたため
彼女は私にとってお姉さんのような存在でした。友達関係やルームメイトのことで
悩んだ時,彼女に相談に乗ってもらいました。彼女にはいつも励まされました。で
も、時には意見をぶつけ合ったりしてとてもいい授業が出来たと思います。モニカ
の授業のおかげで会話の方はすごく上達することが出来ました。そして、最後の最
後まで「もう少しここにいなさい。さみしい。」と言ってくれたのも彼女でした。
彼女にとって私も少し特別な存在になれたのかと思うとうれしくてたまりません。
そして、もちろんここには書きれないくらいの大切な友達をつくることが出来まし
た。アツコちゃんを始め、アメリカ人のエリカ、メキシコ人のアレニ、たくさんの
温かい友達に恵まれました。振り返ってみると、私が楽しいと思う瞬間の横には必
ず彼女たちのような友達がいたなと思います。私の思い出は全て1人で作ることが
できなかったものばかりです。街に出ても同じでメキシコ人は本当に優しくていつ
もその優しい笑顔に助けられました。
クエルナバカを去る前日から私は泣いてばかりいました。別れがこんなにツライと
感じたのは初めてかもしれません。「帰りたくない。もう少しここにいたい」と本
気で思うくらいここでの生活は楽しいものでした。そんな私を見てマルタもモニカ
も友達もみんな「またここに帰ってきなさい。だから"Adios”は言わないわよ」と
笑って言ってくれました。そして、今回のメキシコでの生活は特に問題もなく、た
くさんの人に出会えて本当に私はついてるな!と思いました。
メキシコで日々感じていたことは自分次第で物事は変化するものなんだな、と言う
事です。私ががんばって話し掛ければ相手も理解しようとしてくれるし、友達にな
りたいと思ったら自分から積極的に前に出ないと何も始まらないのだなと感じまし
た。日本にいてもそれは同じ事なんですが、なぜかメキシコにきてそれを強く実感
しました。違う国に行くと日本がよく見えてくるとよく聞きますが本当にそうでし
た。この街のゆっくりと穏やかに流れる時間と空間の中で自分が思っている以上の
物をたくさん発見できたと思います。それは、もしかしたらメキシコの魔法だった
のかもしれません。
メキシコと聞くと「遠くて危ない国」というイメージがあるかもしれません。私が
スペイン語を勉強することがなかったらメキシコに行くなんてことありえないこと
だったと思います。だから、スペイン語を通して出会うことが出来た数々の偶然に
感謝したいです。クエルナバカでの思い出はこれからもずっと大事にしていきたい
です。そして再びこの街を訪れるとき、今よりももっと成長した姿でみんなに会い
たいです。 千田 真利子