
「クエルナバカの碧い空」第51号 #4 トピックス − PAPA JUAN PABLO II メキシコ来訪メモメキシコの現在の最大の話題はローマ法王ヨハネ・パブロ2世のメキシコ来訪です。 宗教には関心が無いのですが、メキシコは、ブラジルに次いで世界で2番目にカトリ ック教徒が多い国で、メキシコを知る上では宗教を知る事は大切です。多くのメキシ コ人が熱狂して迎えるローマ法王の訪問の感動を、カトリック教徒と共有したいもの です。そこで、来訪に関するメモを作成しました。 無宗教であっても、私はコーラス・グループの一員として、毎週日曜日にカテドラル で神をたたえる歌を歌い、司教さんのお話を聞き、ミサに集まる人々を間近に見てい ます。日曜日にはマリアッチ・ミサを始め、毎時間にミサがあるのですが、どの時間 もいっぱいの人で埋まります。10代の若者がミサの手伝いをしたり、一心に祈った りする姿を見るのは私の目には新鮮に映ります。司教の言葉に唱和したり歌ったり、 どの人も歌や言葉を暗記しているのも、ちょっとした驚きです。隣人たちも、日曜日 には朝のミサのために近所の教会を訪れているようです。 日本ではローマ法王ヨハネ・パブロ2世と呼びますが、メキシコではパパ・フアン・ パブロと愛情を込めて呼びます。パパはお父さんのパパと異なり、アクセントが付か ず、イモのPAPAと同じ発音です。来訪は決定していますが、5月18日に82歳 になったパパの健康状態は非常に微妙で、時期も当初考えられていた5月から7月末 になり、実際に来墨できるかどうか不安視されています。中には健康を心配して、来 訪に反対する人もいます。 ローマ法王ヨハネ・パブロ2世 パパは本名をKAROL JOZEF WOJITYLAと言い、1920年5月18日にポーランドで 生まれた初のポーランド人のローマ法王です。若い頃は、詩や劇を学び、実際に何冊 かの本を出版しています。1978年10月16日にローマ法王に選ばれましたが、 前任のJUAN PABLO I世が就任後33日で謎の死を遂げている事から、当時大きな話 題になったそうです。現在、パーキンソン病や関節の病気を患っていることや、バチ カンの他の聖職者達には75歳の定年制があることなどから、辞職や次期のローマ法 王について、様々な憶測が流れ、映画や小説などにもなっています。 今回は、23年前に法王になって初めの外遊でメキシコを訪れて以来、5度目の来墨 です。7月23日から8月2日までにカナダ(トロント)、ガテマラ、メキシコ3カ 国の旅行です。前回は1週間くらい滞在したのですが、今回は、ガテマラに約24時 間、メキシコの滞在期間も42時間という超ハード・スケジュールです。 コスタ・リカのタカ航空の特別機エアバス「MENSAJERO DE ESPERANZA希望の使者」 号でアメリカ大陸を旅するパパのスジュールは以下の通りです。 7月30日(火) 16:30 ガテマラ発 19:30 メキシコ着 歓迎セレモニー 21:00 NUNCIATURA APOSTOLICA(教皇大使公邸)着 夕食 7月31日(水) 9:45 BASILICA DE GUADALUPEに到着 10:00 JUAN DIEGO列聖式CANONIZACION 13:45 NUNCIATURA APOSTOLICA(教皇大使公邸)にて食事 18:30 フォックス大統領夫妻を官邸LOS PINOSに訪問 20:00 NUNCIATURA APOSTOLICAにて聖職者達と食事 8月1日(木) 9:00 NUNCIATURA APOSTOLICAにて別れのセレモニー 10:15 BASILICA DE GUADALUPEに到着 10:30 オアハカ地方の殉教者たちの列福式BEATIFICACION 13:00 空港へ移動 別れのセレモニー 13:30 搭乗、ローマへ向けて出発 上記のスケジュールからわかるように、今回の来墨の目的は、福者JUAN DIEGOの列 聖式と、オアハカの二人の殉教者の列福のセレモニーを行うことです。 キリスト教の信者には尊者VENERABLE、福者BEATO、聖者SANTOという位があります。 尊者は特に英雄的な行為をしたもの、福者はキリスト教のために殉教したり、奇跡を 行ったものがなれます。最も神に近い聖者は、奇跡を成したものの中でも、特に審査 を受けて相応しいと思われたものだけが選ばれます。列福式BEATIFICACIONは福者に 選ばれたことを宣言し祝福する儀式であり、列聖式CANONIZACIONは、福者BEATOが 審査により聖者SANTOになったことを祝福する儀式です。 JUAN DIEGOフアン・ディエゴは1474年に生まれたチチメカ人で、CUAUHTLATOATZIN (ワシのように話す人)と言いうインディヘナの名前を持ち、平素から「良きインデ ィオ」と呼ばれていました。57才の時、テペヤック村TEPEYACの丘の上にたつと、 着ていたマントに、褐色の聖女グアダルーペVIRGEN DE GUADALUPEの像が現われ ました。この奇跡の後、人々は聖女グアダルーペを信仰するようになり、スペイン人 が持ちこんだキリスト教を受け入れるようになったといわれています。 フアン・ディエゴのマントに聖女グアダルーペの像が表れたという 1990年5月6日にパパが2度目にメキシコを訪れたとき、フアン・ディエゴを福者 の位につける列福のセレモニーをし、パパは、彼を「全ての忠誠なるものの手本であ る」と称えました。その時から、彼を福者よりもさらに上の、聖人の位につけようと いう動きが高まり、今回の列聖式となったのです。彼は実在の人物だそうで(疑って いる人もいる)、少し前に彼の子孫だという人達がテレビに出ていました。因みに、 フアン・ディエゴはメキシコ人としては29番目の聖人で、このことに便乗して、様 々なフアン・ディエゴ人形が売り出されています。 今回は、オアハカ地方の1660年に生まれたJUAN BAUTISTA とJACINTO DE LOS ANGELESという二人の殉教者が福者となり、列福のセレモニーを受けます。 セレモニーは、メキシコ・シティにあるバシリカ・デ・グアダルーぺBASILICA DE GUADALUPEで行われます。多くの人々が参列できるように、テキスココ(新空港の 予定地)で行われることが議論されていましたが、炎天下であることやパパの健康問 題などを考慮したのです。バシリカ・デ・グアダルーぺはフアン・ディエゴが奇跡を 目撃したテペヤックの丘の麓にあり、中には、フアン・ディエゴが1548年に死ぬ まで住んでいたインディヘナのための聖堂もあります。 バシリカ・デ・グアダルーペは内部の収容人数が一万人、境内を併せても総収容人数 は約23,000人に過ぎません。従って、セレモニーに参加できる人数は限られて います。入場の切符を手に入れるには、書類選考による審査を受けなければなりませ ん。7月12日にすでに書類手続きが締め切られておりますが、個人、メキシコ人報 道陣、外国人報道陣、そしてカトリック教の報道陣に分けて、入場切符が配られます。 この切符はもちろん市販はされていないのですが、ニセ切符を売る人も出ているそう で、騙されないようにご用心。 当日は、バシリカ・デ・グアダルーペ内に入りきらない人のために、境内に1台、グ アダルーペへの参道に5台、ロス・ミステリオ通りに5台、パラビージョのグロリエタ (円形広場)に1台、シティのソカロとカテドラルに各1台、合計13台の大画面が 設けられ、ミサの模様を映します。その他にも、メキシコの各地(イスタパラパ、ミ ルパ・アルタ、コヨアカン、クアウティトゥラン、アカプルコ、グアダラハラ、モン テレイ、オアハカ、プエブラ)や、北米各地(トロント、シカゴ、ロス・アンジェレ ス、マイアミ、サン・アントニオ)、ブレノス・アイレス、リマ、リオ・デ・ジャネ イロ、サン・サルバドール、マニラにも大画面が置かれ、ミサの模様を直接信者に伝 えるそうです。 パパの滞在中には、一千万人から千5百万人の人々が、少しでもパパに近づこうと、 メキシコ各地や近隣の国々からメキシコ・シティを訪れると見られています。その間、 ホテルだけでなく、車内で寝る人、キャンプをする人、知人、親戚の家に泊まる人で いっぱいになり、体育館なども宿泊施設として提供されるそうです。500の仮設ト イレが置かれ、飲料水用トラックが50台出動し、SP、警官、警備員など3万人以 上が動員される予定です。また、バシリカ・デ・グアダルーペがあるグスタボ・マデロ 地区が準備にかける費用は1500万ペソ、全体の経済効果は6億ドルと見込まれて います。 刻々とパパの来墨が迫るにつれて、心配も募りますが、準備も着々と進められていま す。今回の訪問のために職人が手作りでパパが座る椅子を作り、また法衣や寝具の刺 繍なども一針、一針丁寧に作られています。滞在中の食事も既に本物と同じように料 理され、報道に紹介されました。ミサの練習も行われています。 パパの滞在中は、メキシコ市で様々な混乱が予想されます。特に、到着と出発の日の 空港は、送迎のセレモニーが行われるので混乱があるでしょう。市内への移動時には 道路規制があります。また、宿泊場所からバシリカ・デ・グアダルーペへは、防弾ガ ラス張りの車で移動し、沿道の人々に挨拶するので、式の前後は、付近の通りは車が 通行止めになり、また閉鎖になる地下鉄の駅もあると予想されます。交通規制などは 直前にならないとわからないし、ホテルも満室となりますから、信者以外は避けて通 る事をお薦めします。 私達も、大画面ではなく、家の小画面でことの成り行きを見守るつもりです。 表紙に戻る次に進む バックナンバー#2 メキシコの住宅事情#3 警官への賄賂 #4 音楽友の会 10周年コンサート裏話 #5 ノーチェ ブエナ物語 #5 クリスマス行事 #6 年末年始の休みとグアダラハラ家族旅行 #6 トレス レイエス #7 ビザの種類と更新 #8 モナルカ蝶の聖域ツアー #9 ガールスカウト奈良支部 #10 チャイコフスキーのバレー「白鳥の湖」 #11 メキシコ縦断アメリカ転々旅行 #12 メキシコの飲み物 #13 テキーラ #14 花が咲いて実がなった(街で見る果物) #15 アステカ・カレンダリオの謎 #16 2000年・年越し祭り #17 9月16日 独立記念日 #18 特別ゲスト、中村さつきさん #19 DIA DE MUERTOS 死者の日 #20 葛飾諏訪太鼓メキシコ滞在記 (リーダー水澤啓一 記) #21クエルナバカの年末年始 #22 メキシコ病院事情 #23 今も懐かし、街頭の物売りたち #24 養老院YALENTAY慰問コンサート #25 メキシコの温泉も気持ちいい(*^o^*) #26 ノパール NOPALで健康に! 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