では、晃子さんから一言: 私は平成14年2月28日に、成田空港で親友に見送
られ、メキシコにやってきました。シティーの空港からクエルナバカ行きのバスにの
り、高速道路から初めて見たメキシコの夜景は、本当に綺麗で、オレンジ色の灯りが
大地にこぼれたみたいで(うーん詩人)、おまけに空には夜景と同じ色の大きな満月
が浮かんでいて、私は勝手に「おお、メキシコが私を歓迎している!!これから先、
いいことがたくさんあるに違いない!」と思いました。
私がメキシコに興味をもったのは、大学の卒論で「チカーナ(メキシコ系アメリカ人
女性)」を扱ったのがきっかけです。卒論を終えてからも、メキシコについての興味
は尽きず、いつか本当にメキシコに行って、メキシコ人を知り、その文化や歴史を学
びたいなぁ、と思い始めた頃、「クエルナバカの碧い空」のHPに出会いました。そし
てかりさんとメールのやりとりをするようになってから、2年近くも経ってしまいま
したが、今こうしてクエルナバカで暮らしています。
メキシコ人とその文化を理解するにはもちろんスペイン語が理解できなくてはなりま
せん。が、私はスペイン語の「ス」の字も知らないまま、ここにやって来たので、ま
ずはスペイン語学校に入らなければなりませんでした。初日のクラス分けテストも私
には全く意味がなく、超初級からスタートしました。クラスメイトはほとんどが英語
圏の人たちで、英語もろくに喋れない私は本当に苦労しました。毎日毎日必死に勉強
してもすぐに喋れるようになるわけでもなく、コミュニケーションをとることが出来
ない自分に憤りを感じて涙したこともありました。(日本で勉強してこなかったから
自業自得ですけど・・・これからスペイン語を学びにくる皆さん、勉強はしておいた
ほうがいいですよ、ほんと。)
努力嫌いの私には、スペイン語の勉強はとてもつらかったけど(今でも・・・)、も
ちろんつらいことばかりではありません。私はここで、日本人、メキシコ人などの国
籍を問わず、本当にすばらしい人たちに出会うことが出来ました。学校の先生はみん
な親切で、心の温かい素敵なメキシコ人たちでした。世界各国からやって来たクラス
メイトも本当にやさしくて、いい仲間でした。クラスメイトの、アメリカのサンディ
エゴの家まで遊びに行ったりもしました。
そして、何といっても一番は、ここでの家族との出会いです。私の家族は、メキシコ
人のママと、日本語学校の先生の美和ちゃんです。3人だけでは寂しそうに思われる
かもしれませんが、ママの子供たちや孫たちが入れ替わり立ち代り現れるので、家は
いつも賑やかです。ママは、とてもやさしい、面白い人です。私たちを本当の娘のよ
うに大切にしてくれます。もう72歳のおばあちゃんだけど、すごいエネルギーの持
ち主です。その働きぶりには、思わず手伝わずにはいられません。そして、料理が上
手なので、私はメキシコに来てから太りました(涙)。ママからメキシコ料理を習う
のはとても楽しいです。
そして、美和ちゃんとの出会いは、運命的(?)でした。後でわかったことですが、
なんと私たちは同じ日の同じメキシコ行きの飛行機に乗っていて、さらに出発前には
一つ隣の駅でお互い暮らしていました。美和ちゃんは私の愚痴を聞いてくれたり、勉
強を見てくれたりする、頼れるやさしいお姉さんです。もう本当に血のつながった親
戚みたいです。きっとどちらかが日本に帰っても、どこにいても、ずっと友達でいら
れると思います。(いつもありがとね!)
もうひとり、家族同然なのが、私の現在のスペイン語の先生である、ママのお婿さん
です。語学学校でのスペイン語の勉強を終えたものの、まだまだ未熟なので、毎朝8
時から11時まで、個人レッスンを受けています。この先生は、スペイン語だけでな
く、メキシコについていろいろ教えてくれる、私のよき相談相手で、よき理解者です。
もうすぐ、他の州に住むメキシコ人の友達を訪ねに、旅に出ます。クエルナバカの近
くの、シティーやタスコ、プエブラなどには行きましたが、遠くに行くのは初めてな
のでとても楽しみです。
そして10月には、メキシコ文化・歴史をさらに勉強するために、メキシコシティー
に引っ越す予定です。この家を離れるのはとても寂しいですが、シティーに住む他の
メキシコ人と同じように、週末にはクエルナバカに帰って来ようと思います。
私のメキシコ初日の「予感」は、見事的中しました。こうしてたくさんのいい人たち
に巡り会えたのも、かずさん、かりさんご夫妻のおかげです。本当にありがとうござ
いました。私のメキシコ生活は始まったばかりです。日本にいる家族や親戚、大切な
友達に会えないのは寂しいけれど、まだまだ日本には帰れそうにありません。もっと
もっとメキシコを知りたいです。