●子連れでビバビバ・メヒコ!
ワーキングマザーで、なかなか海外に行けないストレスを抱えているワタシ。今年の
夏休みは、仕事を3週間もサボって思い切ってメキシコ・バカンスすることにしまし
た。ダンナと3歳の娘を連れての、ちょっと無謀な?家族旅行。
「飛行機の時間長いけど、子どもは大丈夫かな〜」、「言葉はどうしよ〜う」、「もし
病気になったら・・・」などと、出発前はあれこれ山のように心配しましたが、かり
さんの励ましの言葉、‘案ずるよりも産むが安し’を信じ、ダンナと助け合いながら
やってみたら何とかなりました。誰ひとり風邪もひかず、親子ともどもとっても元気
でバカンスを満喫しました。日本に帰ってきても、ずっと旅の余韻にひたりっぱなし。
現実の生活に戻りたくない気持ちでいっぱいです・・・。
クエルナバカでは、かずさん、かりさんご夫妻に大変お世話になり、本当にどうもあ
りがとうございました! 私たち親子をあたたかく迎えてくださり、心のこもったお
もてなしをしていただいて、感謝感激でした!! Muchisimas gracias!
クエルナバカの街は、思っていたとおり、とてもすごしやすくて最高〜!「常春の天
国」という言葉どおりの気候、人々もおだやかで超親切、いるだけで心なごむ素敵な
街ですね。永住する外国人が多いのもナットクです。この街で子育てできたら、日頃
の育児ストレスとも、おさらばできそう!?あ〜、うちもクエルナバカに永住しよう
かしら?と、本気で考えてしまいました。
この街を訪れる多くの方は、語学留学が目的だと思うのですが、ワタシもスペイン語
は昔から大好き!だけど、趣味で中途半端にかじっている程度なので、いまだに文法
がマスターできないんです・・・。そこで、ダンナにわがまま言って、クエルナバカ
の語学学校「Experiencia」に1週間だけ通ってみることにしました。母親のワタシ
がマンツーマンでみっちりしごかれてる間、3歳の娘も、キッズ用プログラムに参加。
他に年齢が同じ子どもがいなかったので、我が子もマンツーマン対応になり、リリア
先生という女性の方にお絵かきや工作、あそび歌などを教っていました。旅行好きだ
けど語学は大嫌いなうちのパパは、その間、クエルナバカの街を散策し、レストラン
探しやショップめぐり。(うちの夫婦は、妻の趣味が‘語学’で夫の趣味が‘散歩’
という絶妙な?組み合わせなんです)まさかメキシコで、しかも小さい子どもを連れ
てスペイン語学校に行けるなんて思っていなかったので、本当〜に文字通り貴重な
Experiencia(体験)でした。
・・・で、肝心のスペイン語の成果のほどは・・・?(無言)
・・・まぁ、これからまた気持ちを入れなおして、基礎から勉強がんばりま〜す!
(がんばって勉強して、スペイン語でダンナの愚痴を言えるぐらいになりたい?)
娘が真っ先に覚えた言葉は、leche(牛乳)と、jugo de naranja(オレンジジュース)
と bano(トイレ)! あいさつ言葉より先にこの3つを覚えました。やっぱり、
一番よく使う言葉から覚えるものなんですね。
クエルナバカを去った後は、銀山で栄えた街タスコに2泊し、星くずのような夜景を
堪能しました。バスでシティーに戻って一日市内観光した後は、オアハカへ。ゲラゲ
ッツァのシーズンに訪れたかったのですが、あいにく時期がずれてしまったので、ホ
テルの民族舞踊ショーでガマン。でもホテルのショーとバカにしていたら、かなり濃
い内容で大満足。子どもも舞台に釘付けでした。
モンテアルバン遺跡では、子どもをおぶってゼイゼイいいながらピラミッドに登った
り、食い意地が高じてオアハカ料理のレッスンを取ったり・・・。有名な郷土料理
「モレソース」の作り方を習い、この時初めて乾燥チレの使い方を知りました。この
街のサントドミンゴ教会には、圧倒されました。内部のウルトラバロックな彫刻には
思わず息を飲み、子どもをおんぶしながら‘生命の樹’を見ようと、何度も天井をあ
おいだら、腰痛がひどくなり・・・。
オアハカで最も印象的だったのは、タペテ職人の村です。うちわサボテンに寄生する
虫コチニージャを育てて採集し、その虫から出る赤ワイン色の染料を使っていました。
この染料に酸を加えると、Phが変化して色の様々なバリエーションが生まれるので
す。コチニージャの他には、草木から取った染料も使われていました。羊毛を糸車で
よって染め、乾かし、手織りでタペテを仕上げるまでの、気の遠くなるような過程を
職人さんに説明してもらいました。今、オアハカでコチニージャを飼育して染料に使
っている工房は、もうほとんどないとか。伝統工芸の後継者が激減しているのは、い
ずこも同じなのでしょうね。
・・・メキシコに興味を持ったのは、冗談みたいですけど、実は自分の名前がきっか
けだったんです。ワタシはメキシコオリンピック(1968年10月)の翌月生まれ。
それで父親が「マヤ文明」から音を取ってマヤコ、と名付けたそうです。(安易だな)
今回のメキシコで4回目ですが、短いながらもとても充実した旅でした。この国の奥
深さ、不思議さにすっかり魅せられ、ますます恋をしてしまいそうです・・・。
もうちょっとまともにスペイン語を勉強したら、また仕事をサボってメキシコに来た
いです。そんなに遠くない将来だといいんですけど・・・。それまでは、かりさん、
かずさんのHP『クエルナバカの碧い空』でメキシコからの風を楽しませていただく
ことにします。
・・・最後にもう一度、かりさん、かずさん、本当にどうもありがとうございました!
今後のますますのご活躍をお祈りしています! 梅村真矢子