
![]() -呑気家族のメキシコ移住計画- |
出版:近代文芸社 石田 かり・著 |
「クエルナバカの碧い空」第65号 #6 本の続編 − 繁子さんの死、 おまけの話: 扶養家族9月8日の月曜日は静かに始まり静かに終わる予定でした。新聞社で文化記事を担当 するフェルナンドの妻カルメンが、昼食中の私達に電話をしてくるまでは・・・。 8日午前9時半頃、アミーゴス・デ・ラ・ムジカのワトソン繁子会長は、いつも通り 朝から精力的に仕事をこなしていました。会計士と共に書類を作成するため机に向か っていた繁子さんは、電話でバイオリニストの黒沼ユリ子さんと30分ほど話した後 電話を切り、仕事に戻って数分後、静かに椅子からすべり落ちたそうです。心臓発作。 ほんの数分そばを離れていた息子のニコラスが書斎に戻った時には、仕事をすること も、生きることも、止めてしまった後でした。 繁子さんは、このHPにもよく登場したように、ここでの生活に大きな意味を与えて くれた人でした。私にとってだけでなく、クエルナバカにも、モレーロス州、メキシ コ国にとって大きな存在で、モレーロス州から名誉表彰を受けたことも、そしてセデ ィージョ前大統領から、日墨友好の功労を認められて表彰されたこともある破格の存 在で、日本人でいながら、ほとんどメキシコ人として、大変な女性だったのです。 8月29日、画家のイリアナの展示会でのスナップ(右:繁子さん) 実は9月8日は出会いの日でもありました。1996年9月8日のシーズンの開幕コン サートに、日本人の友人が誘ってくれたコンサート会場で、紹介してもらったのです。 時間がたっぷりあって何か活動をしたいと思っていた私は、繁子さんがアミーゴス・ デ・ラ・ムジカの会の運営をほとんど一人でやっていると聞いて、手伝いを申し出、 それからお付き合いが始まりました。そして、多くの知人は彼女を通して知り合い、 多くの心に残る出来事は彼女によってもたらされたのでした。 繁子さんは1926年の虎年(丁度私と2回り違い)生まれ、8月に誕生日を祝ったば かりの77歳。ティグレTIGREと呼ばれていたように、その強さは圧倒的でした。超 有名なバレリーナの母とロシア人の父を持ち、波乱の人生を、バレリーナ、インド舞 踏家、外交官夫人として、全ての経歴を立派過ぎるほどにこなし、転んで足を骨折し たときでさえ、休むことなど考えもしない、行動の人でした。 世界で活躍してきたため、顔が広く、歴代のメキシコ駐在大使でも、「何十年も前に、 普通の大使館員だった頃からよく知っているのよ」と教えてくれることも多く、お偉 いさんもまるで息子のよう。鉄人のような彼女が同時に料理の名人で、100人単位の パーティでも自分で料理してしまうのです。こう言うと、バリバリのやり手おばさん を想像するかも知れないけれど、実物の本人はいたってシンプル、ユーモアがあって、 笑うと無邪気なおばちゃんになるし、それでいて、常に新しい事に好奇心があって、 しかも楽観的、一緒にいると楽しいのですから、し方がありません。 現在は、私生活の全部をアミーゴス・デ・ラ・ムジカなどの文化活動に注ぎ込み、会 を盛り上げ、若い芸術家を育てるために自腹を切ってきました。成功し、人々の尊敬 を集めてきた繁子さんは、当然ながら、人に対して要求が厳しく、また、周りの意見 を聞く耳を持たない面もありました。死後、家族に聞くと、血圧が高かったそうで、 医者が、診療所に来るように再三言ったにもかかわらず、忙しさを口実に、診察を受 けなかったそうです。医者にさえ耳を傾けなかったのは残念な。 9月8日午後5時に葬儀屋GAYOSSOの一室に安置された遺体を前に、続々と集まった 人々が発したのは、「驚いたQUE SORPRESA!」と「信じられないINCREIBLE!」いう 言葉でした。クエルナバカは穏やかな土地柄、お年寄りが多いし、テキーラの飲み過 ぎか「あの太り方は危ない」という人が沢山います。でも繁子さんばっかりはエネル ギーのカタマリ、電話をかけると、嬉しそうに、「忙しくて、忙しくて」と口癖のよ うに言い、とても死が迫っているとは想像もできず・・・。 数年前から、アミーゴス・デ・ラ・ムジカの会長を引退するとは言っていました。私 もその言葉を間に受けて、アミーゴスの仕事から少し離れるようになりました。しか し、代わって会長を引き受けることができるような人がいるでしょうか。音楽家が向 うから集まってくる名声を持ち、広い交流、芸術家の心、全人生と私財を注ぐ情熱、 そして人をもてなす料理の腕や精神を兼ね備えた人がいるはずもなく、また、彼女自 身、好きな仕事から離れる決心もつかず、暫くすると、「やっぱり、続けていて良か ったわ」と言うように、なかなか辞められないまま、15周年を迎えたのでした。 テレビ、ラジオで訃報を聞いて、続々と駆けつけた人々は、「昨日、一緒に食事をし たばかり・・・」、「電話で話したばかり・・・」、「会ったばかり・・・」と口々 に言うのですから、忙しい日々にどう時間を調節していたのか・・・。私自身、3日 前に、黒沼ユリ子さんのCASA DE VIOLINバイオリンの邸で開かれたパーティで会った ばかり・・・。 喪主で長男のニコラスが、遅くまで残った人々に、「最後の言葉をかけてやって下さ い」とお願いすると、どの人も、急の指名にもかかわらず待ってましたとばかり、即 席で長々と述べるのですから、感心している場合ではないけれど、メキシコ人はやっ ぱり口から先に生まれたというか言葉の人種です。しかし、来れない人や団体、有志 が花を贈る以外は、香典もなく、普段着で着ている人も多いのですから、「お別れの 言葉」こそが重要で、それがお通夜の本当の意味でしょう。 翌日は、午後1時から、無宗教の繁子さんではあったけれど、キリスト教のメキシコ 人の友人たちが手配したミサが葬儀場の会場で行われ、その後、バイオリニストの黒 沼ユリ子さん、チェリストのボセナ女史らが、葬送の曲を演奏しました。ユリ子さん が独奏した「浜辺の歌」の弦の音が、更に人々の心を揺さぶりました。 5時半、私達は5台の車に分乗して出発。遺体を乗せた黒いリムジンを追いかけるこ と約20分、都会の真ん中を走っていると思ったのに、小さな道に折れ入ると急に前 方に広がる野原の中に立つ火葬場CREMATORIOに到着しました。半世紀も生きていな がら、私は火葬場に来るのは初めて。想像していたのと異なる小さな建物に困惑しま したが、飼い犬のソーダとフリーダもやってきて、最後のお別れをしました。 日本のように箸でお骨を拾う習慣はなく、遺体は全て灰になるまで約2時間半焼いた ものを喪主が翌日取りにゆくのだそうです。そして、メキシコの法律によると、灰を どうするかは遺族の考え次第だそうで、繁子さんの夫の灰は、彼女の家の庭のランの 花の根元に埋まっており、繁子さんの灰も同じように、そこに埋めるので、ワトソン 家の墓というのはないのだそうです。 こうして、2日間、残された私達は、繁子さんの遺体を前に集まり、驚いたり、悲し んだり、慰めあったり、思い出したり、心配したり。15周年の開幕コンサートまで あと20日、年間のプログラムを全て手配して逝ってしまった繁子さん。好きな事を、 好きなように、好きなだけして、人々を呆気にとらせたまま、逝ってしまって・・・。 誰も彼女のように行動する事は不可能ということを知っているだけに、最大の心配事 はアミーゴス・デ・ラ・ムジカの将来。呆然とするばかり・・・。 おまけの話: 扶養家族 よく食う我が家の最近の扶養家族を紹介します。 裏庭の塀と、その向うに重なる隣の高校の塀との間のほんの10センチほどの隙間に 棲みついたリスARDILLAの家族がいます。知らなかったけれど、クイークイーと鋭い 声で鳴くんです。かずさんが、胡桃やどんぐりやピーナッを裏の塀の上に置いたら、 3匹もリスが出て来て、運動会をしながら食べています。 可愛い顔を出してエサをねだります 隣家がおいていった猫のガルバックは、毎朝、毎晩、エサを食べにきます。居候のく せに好き嫌いがあるのは困りもの。性格は優しくて、リスが横をすり抜けても知らん 顔。リスと猫って仲が良かった? ある日、朝ゴミを出しにいったかずさんが見つけたのが、プールに落ちてアップアッ プしている体長10センチくらいの赤ちゃんトラクワッチェ。早速、落ち葉拾い網で 救い出すと寒さにブルブル震えています。猫に見つからないように、垣根の下におい て、体を拭いてから猫の缶詰をあげると、やっと落ちついて食べ始めました。暫くあ っていないけれど、その後どうしたか心配。 数日後、ガルバックが残したエサを食べている動物がいます。猫より大きいトラクワ ッチェです。あのチビ・トラクワッチェの親かも知れません。鋭い指と爪でしっかり とエサ箱の縁をつかみ、長い鼻面でエサをかき混ぜながら食べています。後には長い 長い尻尾が伸びて不気味。ガルバックは目を丸くして呆然自失の態。 トラクワッチェが猫のエサを狙って出没 子供達の夏休みが終わったと思ったら、タマを始め、ガルバック、リスの一家、トラ クワッチェ、それに蜂鳥たちの群れが。私達の食事は質素ですが、動物たちは育ち盛 りで食欲旺盛ですから、養い親としては栄養満点の食事を毎日用意しています。仲間 を誘って来てください。 表紙に戻る 感想箱へ進む バックナンバー#1 「運転しよう」から:何でもありのメキシコ式運転 #2 「猫」から:猫の獲物はどうする? #3 「免許証」から:ここでは買うんです #4 「仕事をしよう」から:押し掛け助手は大活躍 #5 「仕事をしよう」から:コンサート後のご馳走 #6 「仕事をしよう」から:黒沼邸でのミニコンサート #7 「スペイン語」から:無口な日本人 #8 「免許証から」から:車の所有税 #9 「クエルナバカ」から:蜂鳥 #10 「猫 パートII」から:捨て猫アナスタシア #11 「猫穴」から:アメリカ・ドライブ・転々旅行 #12 「女性」から:老化現象と更年期障害 #13 猪俣猛作曲「クエルナバカの碧い空」 #14 日本へ一時帰国しました/その他 #15 運転したら事故はつきもの #16 私たちの夏休み日記 #17 最近の感動:みんな生きている! #18 ホームページ1周年記念 #19 仕事人「かり」 #20「葛飾諏訪太鼓」の日々 #21 クエルナバカから謹賀新年 #22 薬の話 #23 社交サロンの話 #24 夏時間、ク日比較アンケート #25 母は強し #26 我が家のガーデニング #27 選挙裏話と日ク比較 #28 国際ピアノ・コンクール #29黒沼ユリ子さん邸CASA DE VIOLIN増築祝い−ペット・ロス症候群 #30 2周年記念・シドニーオリンピック・おまけ「スキャンダル」 #31 我が家に棲みつく魑魅魍魎、おまけの話「無料電話」 #32 私達のSEXENIO、おまけの話「歌のクラス」 #33「CREA」取材のコーディネータ初仕事、おまけの話 #34「日本週間」、おまけの話「コーディネータ、プロ宣言」 #35 ニューヨークの白い空、おまけの話「夏時間」 #36 巣立ちの夏 、おまけの話「民宿 かず」 #37悲しい話、おまけ:雑誌TITLE #38健康に自信がありますか?;おまけの話:TELECABLE INTERNET #39 コンサート・デビュー;おまけの話:テレビ番組の取材 #40 夏休み病気特集第二弾;おまけの話:テレビ番組の放送日程 #41 我が家の独立記念日、おまけの話:アメリカ・テロ事件 #42 続編:独立記念日、おまけの話:テロ事件のメキシコの反応 #43 犬を買いませんか? おまけの話:イダルゴ州の温泉 #44 日本メキシコ学院リセオで講演;おまけの話:2001年総括 #45 謹賀新年、 おまけの話:子供達の里帰り #46 ベラクルス珍道中: おまけの話: 月刊誌NOVARK #47 女性についての考察: おまけの話:日本一時帰国のお知らせ #48 一時帰国報告: おまけの話: JAL悟空格安チケット #49 「清流」とサッカーの話: おまけの話: かずの写真館 #50 7年半目の情緒不安定: おまけの話: 癒しのピアノ館 #51 ホーム・コンサート決行;おまけの話:帰ってきた子供達 #52 老人ホーム慰問コンサート; おまけの話:パパ訪問 #53 タマがうちにやって来た。おまけの話:慰問コンサート #54 私の公園デビュー、おまけの話: キャデラック売ります。 #55 売れた! おまけの話:今年一番長い夜 #56 タイ旅行報告、おまけの話:クリスマス・コンサート #57 NY息子救出作戦、おまけの話: レコーディングとラジオ番組 #58 タマ、おまけの話:ラジオ番組 #59 薬害?それともアレルギー、おまけの話:メキシコの苦悩 #60 最近読んだ2冊の本と戦争、おまけの話:リコーダー #61 気になる最新ニュース、おまけの話:最後のミサ #62 メキシコに住むということ、おまけの話: 日曜日も有料に! #63 200歳、200歳 2SIGLOS おまけの話: コンサート #64 夏休み雑感、 おまけの話: 稼ぐ! |