
![]() -呑気家族のメキシコ移住計画- |
出版:近代文芸社 石田 かり・著 |
「クエルナバカの碧い空」第75号 #6 本の続編 − 日本人の足跡、 おまけの話: 絶対音感友人のルルデスは画家で、ボルダ庭園で毎週日曜日に絵を売っていますが、売れない ので、最近は展示している絵は放って置いて、副業を始めました。同じ様に絵が売れ ない私の副業は、メキシコ人の名前をカタカナで書くことですが、メキシコ人である ルルデスの副業は、なんと「折り紙教室」。どこから持ってきたのか、古い日本の折 り紙の本を持ってきて、一生懸命、折り方を練習しながら、ボルダ庭園に遊びに来た 家族連れや子供たちに教えています。 その本の説明文は当然日本語なので、図だけでは分からないところは、私が翻訳して 説明してあげますが、私自身はオリヅルくらいしか知らないのに、彼女はスペイン語 で書かれた折り紙の本まで持っていて、なかなかに本格的です。しかも、折り紙を習 いたがる子供たちが多くて、彼女の副業は大成功、とても繁盛しています。 私は、着物の着付けも知らず(着物を着たことがない?!)、茶道にも華道にも縁が 無く、無論、剣道も柔道もできないので、日本人としての存在価値は皆無に等しい。 どこぞの馬の骨のごとき存在です。それでも色んな人種の混合であるメキシコでは、 その他大勢の外国人の一人に過ぎないので、気張る事も、背負う責任もなく、気楽に 生きていけます。しかし100年前、50年前は違います。常日頃、不思議だったの は、今よりもずっと不自由な時代に、地球の裏側から遙々と、今よりももっと未知の 国だったメキシコに来た日本人がいるということ。 今月号のトピックスで紹介した小木曽氏の記録を読んで、不思議の一端が解けました。 よく、クエルナバカに来て、「数ヶ月も滞在しているのに、日本人に会ったことが無 い。ここには日本人はいないのかしら?」と言う人がいるのですが、とんでもない。 個々の日本人は静かですが、メキシコ人社会に深く根付いて、様々な分野で活躍して いるし、また先人の残した足跡もバッチリ残っています。 小木曽氏が来たころのクエルナバカは、まだシティとの間の高速道路も整備されては いなかったし、日本食材も手に入らなければ、スペイン語学校でスペイン語を学んで から活動を始めようなどと言う悠長なことも出来ません。小木曽氏は、現在、クエル ナバカでも最も交通量の多い幹線道路のプラン・デ・アヤラ沿いの家にお住まいです が、移り住んできた当時は、周囲は野原、向かいに一軒家があるだけだったそうです。 先日、コンドミニオの住人と話していたら、面白いことを聞きました。私たちが住ん でいるこのコンドミニオは、約30年前に、何も無いだだっ広い野原だったところに、 会員制の別荘として建築されたものだそうです。今なら、アカプルコなどのリゾート 地や、日本でも伊豆やスキー・リゾートなどに、会員制のホテルがありますが、その 当時は、会員制というアイデアが時期尚早で、会員募集をしても、応募者がなく、や むなく、分譲販売することにしたのだそうです。空き地もほとんど無い密集住宅地と なっている現状からは、想像がつきません。 そんな世界の田舎にやってきた日本人入植者の苦労話はよく聞きます。最近、宮城県 にお住まいの三神さんという方からメールをいただきました。三神さんの大伯父にあ たる兄弟2人がメキシコにわたり、兄の方の伯父が、メキシコ革命のとき、物資の流 通業をしていたためか、反乱軍にスパイと間違われて、銃殺されるという悲劇があっ たそうです。革命中は、同様の運命をたどった日本人犠牲者は3名いたそうです。 弟の伯父さんの三神亮治さん、通称「P,R mikami」は、革命の悲劇は免れ、戦後の 抑留から解放された後、チワワ市を中心に生活していたそうです。昭和39年に一度 帰郷、半年後に再び渡墨、残した仕事を整理して故郷に帰るための再渡墨でしたが、 その際、車の修理中に、脳溢血になって急死したそうです。すでに36年が過ぎてい ますが、メールを下さった三神さんは、大伯父さんが、チワワのどこの土になって いるのかと今も常に心にかけて、情報を待っているそうです。 左は、不慮の災難にあった兄の遺骨を、郷里に持ち帰り、滞在中 に得た縁が実り、新妻とともに再渡墨しての新婚時代の亮治・文子夫婦。 右は、昭和40年春、半年間過ごした郷里をはなれて、メキシコへの 死出の旅路に立つ朝の、伯父の悲しげな顔。 戦争中には、アメリカの敵国であった日本人は財産を没収され、日本人収容所となっ たモレーロス州のテミスコ荘園に収容された話もよく聞きます。現在モレーロス州の 名士の一人であるセニョール・アベのお祖父さんは、約100年前にメキシコに来て、 鉄道工事現場で働き、やがて幅広く商売を成功させ、自身も荘園の持ち主になりまし たが、戦時中に財産没収されたそうです。しかし、政治家や経済人の友人のおかげで、 収容所には入らずにすんだという話を、ある雑誌の取材で、アベさんの息子さんのロ ベルトさん(日系4世)にインタビューした時に聞きました。 小木曽氏もそうですが、このように、地道に努力し、メキシコ人の信頼を勝ち取る日 本人の足跡は確実にメキシコ社会に根を生やしています。例えば、小木曽氏の造園業 の親方で、記録にも出てくる小栗氏の名前は、私たちもよく知っていました。なぜか と言うと、私たちが日本人だとわかると「君はセニョール・オグリを知っているか?」 と聞いてくるメキシコ人が非常に多いからです。 盆栽をBONSAIと言って売る店もあるし、店先に招き猫がいるのもよく見かけます。 日本ピーナッツCACAHUATE JAPONESは醤油味がして、きっと日本人の発明のお菓子 だと思われるし(事実、ニシヤマと名の付いたピーナツもある)、薄紫色の花でクエ ルナバカの街を彩るハカランダJACARANDAの大木も日本人がメキシコに持ち込んだも のだと聞いた事もあります。タクシーのフロント・ガラスの前に、布袋さまが笑って いたり、ペット・ショップの金魚売り場には日本亀TORTUGAS JAPONESAS、日本魚 PECES JAPONESESや、KINGYOと言う名前の金魚がいたり…。 もっとも、非常にメキシコ人らしいのは、好奇心が強い割には中途半端。何か日本に 関連のあることだと、テレビの画面に漢字の羅列が流れたりするのですが、その漢字 は全然考えないで、ファッショナブルな番組に「為替」とか「流刑」などの漢字が出 てくると、どんな印刷物から取り出した漢字かしらと想像力を逞しくします。日本人 が多く住んでいるのですから、誰かに確認すればよいのに…。 テレビやラジオのコマーシャルを見聞きしても、日本が登場するのはいいのだけれど、 言葉や漢字がデタラメなことが多い。最近良く聞くコマーシャルでは、日本担当を命 じられた男性が、「日本食は美味しい。テッパンヤキマキとか…」って。その「テッ パンヤキマキっちゅう料理は何じゃい?」と、聞くたびに一人で突っ込みを入れてい る私です。 おまけの話: 絶対音感 絶対音感という言葉が以前、流行りましたが、最近、私には絶対音感がないなと感じ でいます。音楽の音感とは異なるのですが、耳から入る音に脳が反応しない。これっ て語学を習得する上で大変なハンディキャップではないかと…。 毎週、メキシコ人の友人二人と一緒に、コーラスの先生の家で発声練習のクラスを、 受けています。例えば、ドレミファソをシ、ミ、シ、ミ、シとか、ミ、オ、ミ、オ、 ミなどの音声で低い音から高い音まで2オクターブくらい発声します。先日は、それ が「ミ、ム、モ、マ、メ、ミ」を繰り返す練習をしました。しかし、この「ミ、ム、 モ、マ、メ、ミ」の順序が覚えられない!先生が、何度も「ミ、ム、モ、マ、メ、ミ」 と繰り返すのですが、「マ、ミ、ム、メ、メ、モ?」とか、全然頓珍漢な私。何度言 っても分からない私に、先生は、「次回のためにも、紙に書いてみなさい」と呆れ顔 でした。しかも、メキシコ人の友達二人はすぐに発音できたのです。 それで思いついたのですが、スペイン語や英語の聞き取りが悪いのは、この絶対音感 が無いからかも知れない。先生が言うとおり、紙に書いてみたのですが、そうしたら もちろん、よく分かる。以前、スペイン語学校で、ヨーロッパの人やアメリカ人は、 書くよりも会話が上手で、日本人は書くのはよいけど、会話が下手で、特に聞き取り が苦手という傾向にあったように思います。 つまり、言葉がa,b,cのように単なる音の連続であって、ひとつづつが意味の無いも のの集まりである場合と、日本語のように、漢字が中心になっていて、聞いただけで は分からない場合が多けれど、聞く単語を頭の中で漢字に直して意味を理解したりす る日本語とを比較すると、日本人の脳細胞が数字やアルファベットよりも、絵や写真 を見るのに適しているのかなぁと思ったり。これは、ヒアリングが悪いことに対する 絶好の口実になりそうです。 表紙に戻る 感想箱へ進む バックナンバー#1 「運転しよう」から:何でもありのメキシコ式運転 #2 「猫」から:猫の獲物はどうする? #3 「免許証」から:ここでは買うんです #4 「仕事をしよう」から:押し掛け助手は大活躍 #5 「仕事をしよう」から:コンサート後のご馳走 #6 「仕事をしよう」から:黒沼邸でのミニコンサート #7 「スペイン語」から:無口な日本人 #8 「免許証から」から:車の所有税 #9 「クエルナバカ」から:蜂鳥 #10 「猫 パートII」から:捨て猫アナスタシア #11 「猫穴」から:アメリカ・ドライブ・転々旅行 #12 「女性」から:老化現象と更年期障害 #13 猪俣猛作曲「クエルナバカの碧い空」 #14 日本へ一時帰国しました/その他 #15 運転したら事故はつきもの #16 私たちの夏休み日記 #17 最近の感動:みんな生きている! #18 ホームページ1周年記念 #19 仕事人「かり」 #20「葛飾諏訪太鼓」の日々 #21 クエルナバカから謹賀新年 #22 薬の話 #23 社交サロンの話 #24 夏時間、ク日比較アンケート #25 母は強し #26 我が家のガーデニング #27 選挙裏話と日ク比較 #28 国際ピアノ・コンクール #29黒沼ユリ子さん邸CASA DE VIOLIN増築祝い−ペット・ロス症候群 #30 2周年記念・シドニーオリンピック・おまけ「スキャンダル」 #31 我が家に棲みつく魑魅魍魎、おまけの話「無料電話」 #32 私達のSEXENIO、おまけの話「歌のクラス」 #33「CREA」取材のコーディネータ初仕事、おまけの話 #34「日本週間」、おまけの話「コーディネータ、プロ宣言」 #35 ニューヨークの白い空、おまけの話「夏時間」 #36 巣立ちの夏 、おまけの話「民宿 かず」 #37悲しい話、おまけ:雑誌TITLE #38健康に自信がありますか?;おまけの話:TELECABLE INTERNET #39 コンサート・デビュー;おまけの話:テレビ番組の取材 #40 夏休み病気特集第二弾;おまけの話:テレビ番組の放送日程 #41 我が家の独立記念日、おまけの話:アメリカ・テロ事件 #42 続編:独立記念日、おまけの話:テロ事件のメキシコの反応 #43 犬を買いませんか? おまけの話:イダルゴ州の温泉 #44 日本メキシコ学院リセオで講演;おまけの話:2001年総括 #45 謹賀新年、 おまけの話:子供達の里帰り #46 ベラクルス珍道中: おまけの話: 月刊誌NOVARK #47 女性についての考察: おまけの話:日本一時帰国のお知らせ #48 一時帰国報告: おまけの話: JAL悟空格安チケット #49 「清流」とサッカーの話: おまけの話: かずの写真館 #50 7年半目の情緒不安定: おまけの話: 癒しのピアノ館 #51 ホーム・コンサート決行;おまけの話:帰ってきた子供達 #52 老人ホーム慰問コンサート; おまけの話:パパ訪問 #53 タマがうちにやって来た。おまけの話:慰問コンサート #54 私の公園デビュー、おまけの話: キャデラック売ります。 #55 売れた! おまけの話:今年一番長い夜 #56 タイ旅行報告、おまけの話:クリスマス・コンサート #57 NY息子救出作戦、おまけの話: レコーディングとラジオ番組 #58 タマ、おまけの話:ラジオ番組 #59 薬害?それともアレルギー、おまけの話:メキシコの苦悩 #60 最近読んだ2冊の本と戦争、おまけの話:リコーダー #61 気になる最新ニュース、おまけの話:最後のミサ #62 メキシコに住むということ、おまけの話: 日曜日も有料に! #63 200歳、200歳 2SIGLOS おまけの話: コンサート #64 夏休み雑感、 おまけの話: 稼ぐ! #65 繁子さんの死、 おまけの話: 扶養家族 #66 人生の節目5周年、 おまけの話: アミーゴスの仕事 #67 私はクエルナバカ、おまけの話:かずさんは日本 #68 返品自由、 おまけの話:みんな仲良く #69 年末・年始 雑感 − おまけの話:バイオリンの家での新年会 #70 スペイン語で講演; おまけの話: 大統領選 #71 シンプル・ライフ; おまけの話: ENGLISH JOURNAL #72 胸がドキドキ、おまけの話: 十二支の絵馬 #73 豆製品料理教室、 おまけの話: またも会計係 #74 トラケパケの小壷、 おまけの話: 春雑感 |